「あ、あのさ!」
浩一さんの声に勢いよく振り向くと、浩一さんはまたちょっと苦しそうな笑顔でこう言った。
「今日はいろいろありがとう。それと……返事は急がないから。ゆっくり考えてみて」
「……はい」
「じゃぁ……」
「あの!」
やっぱり今ここで、一つ確認しておきたい。
「何?」
浩一さんはそう答えて、首を傾げて先を促してくれる。私は階段を降りて、浩一さんの目の高さに合わせて立ち止まった。
「今の私は、浩一さんの彼女ですか?」
「え?」
「いや、どうなんだろうって、何かよくわかんなくて」
「そりゃそうだよね。うーん……そうねぇ。俺としては彼女だって思いたいかな?」
くしゃっと笑って浩一さんはそう言った。私は……私はどうしたいんだ?
「……じゃ、彼女ってことにして下さい。その、オプション? とかそういうのは、まだよくわからないから。きっと家に帰って考えたって、答えなんて出ないです」
浩一さんは私の言葉に驚いたように目を丸くしてたけど、その後はちょっと悲しそうな色を含んだ笑みを浮かべて、階段を一段上がって、私の事をぎゅっと抱き締めてくれた。
「ありがとう……」
そう小さくつぶやいた声が、耳元で微かに震えていた。
「じゃ、俺帰るね。今日は遅くまでごめんね」
「大丈夫です。すごく楽しかったし」
「そっか……じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
名残惜しそうに手を振って、浩一さんは軽トラに乗り込んだ。いつもみたいに遠ざかる赤いテールランプを見送って、私は向きを変え、階段の手すりにつかまった。そのタイミングでいきなり私の目の前に突然黒い影ができる。ナニゴトかと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは……。
――わ、わかめ……。
「よぉ、帆波。おかえり」
いつにも増してムカつく顔して、おっさんが立っていた。
「ちゅーもナシかよ、コーイチさん。とんだジェントルメンだな、オイ」
「いぃぃぃいつからソコにいたのっ!?」
「いつからだっていいだろー? それとも何よ、見られちゃマズい事でもしてたのか?」
「なっ!!」
「おやおや、困った娘さんでちゅねー。おじさん、そんな風に育てた覚えはないでちゅよー?」
思わず顔が真っ赤になる。照れでも何でもないこれは怒り! 何こいつ、超ムカつくんだけど!!
「何もしてないし! 育てられてもいないし!」
そう怒鳴ってわざと肩をぶつけて擦れ違う。
「どけ、バカ!!」
「ひぃっでぇなぁ……」
夜中だというのに階段をどかどか上がる私の後ろを、当然のようにおっさんが追いかけてくる。
玄関を開けて中に入ると、おっさんはそのすぐ外で立ち止まった。
「……入るの? 入らないの!?」
意外そうな顔でおっさんが固まる。何よそれ、まるで私がいつも邪魔にして……ばかり確かにいるけどさ。今日はおっさんにいて欲しいっていうか、話を聞いて欲しいっていうか。どうにも私の頭じゃ処理しきれないっていうか。
そんな私の心中を知ってか知らずか、おっさんは玄関のドアをつかんで小さく笑って言った。
「どうしたよ、帆波。俺にいて欲しいのか?」
えぇそうよ! その通りよ!! などと素直に言えるはずもなく……。
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「そっか」
へ? あれ? 何で今日に限ってそんなあっさり引き下がっちゃうわけ!?
慌てておっさんの顔を見る。おっさんの笑顔はちょっと歪んでいた。
「悪いな、帆波。俺もお前専従の神様ってわけじゃねぇからさ。今日はちょっと寄ってけねぇんだわ」
「そ、そうなの!?」
「あぁ……ちょっとな。悪いね」
そうか。何かいろいろあるのね、神様にも事情ってもんが。
「コーイチさん……いい男じゃねーの。良かったな、帆波」
「へっ!? あ、あぁ……ありがと」
お礼を言うのもおかしいと思ったけど、なぜか口をついて出てしまった。するとおっさんはまたちょっと複雑そうな顔をして、私の頭にぽんと手を置いた。
「好きな相手に告られて、晴れて彼女になったんだろ? なのにお前、なんてぇ顔してんのよ」
え? 何か私、おかしいですか? え? どゆこと???
「まぁ……いいけどな。ちゃんと考えて答え出せよ? お前の事なんだからな」
な……なんでそんな事言うの? っつーかこのおっさんどこまでわかって言ってんの!?
「わ、わかってるわよ。言われなくったって」
「そっか。そんなら大丈夫そうだな」
おっさんはそう言って笑うと、私の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「じゃ、俺、諒太郎のとこ言ってくるから」
「はぁ? 宮司ぃ!? なんで宮司よ?」
思わず声が引っくり返ってしまった。おっさんは涼しげな顔で私の事を見下ろすと、ひょいっと屈んで私の耳元で小さく言った。
「ひ・み・つ!」
ぬぁっ!?
「とっとと行ってこい、バカ!!」
おっさんを押し出すようにして私はドアを閉め、鍵をかけ、チェーンをかけた。
そのままドアに寄りかかって変に暴走する心臓を持て余す。何なのよ、みんなして宮司宮司って……わけわかんない!
「何なのよ……」
つぶやいた私の耳に微かに届いた言葉。
「ちゃんと向き合えよ? ちゃんと考えて答え出すんだぜ、帆波」
ドアの向こうから響いてきたのは、私に向けられたおっさんの言葉だった。
== The End. Thank You!! ==
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