質屋 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2011時期をはずしたお花見小説>


「そういえば丸さん。渡しておいたあれ、どうなりました?」

 丸さんがまた頭をするっと撫でて、周りの人達がほら始まったぞとばかりに丸さんに注目する。野次も飛ぶ。

「あぁ、あれね。あれはぁ……」

 丸さんが煮え切らない態度で浩一さんの方をちらりと見る。俺はカンケーないといった風にお茶をごくごく飲んでいた浩一さんも、父親のSOSをさすがに察知したらしい。ペットボトルをゴミ箱にと用意されたゴミ袋をかぶせたダンボールに投げ入れると、西田さんの方を向いて口を開いた。

「いつもいつもありがとうございます、西田さん」

 真打登場だ、とか、待ってました、とかいう声が楽しげに飛び交う。浩一さんはそんな声に手を挙げて応えながら、西田さんに言った。

「このところいろいろ忙しくてまだきちんとは……でもどの方も素晴らしい女性だという事は父から聞いております」
「えぇ、えぇ! そうなのよ、浩ちゃん。もう丸さんのところの……って言ったらね、本当にあちらこちらから声がかかってねぇ」
「……ありがとうございます」
「それで? どうかしら? どなたか一人ぐらい、会ってみない?」

 会ってみない、って……これはひょっとして……あれ、か?
 そう思った私の視界の隅で、浩一さんが手をぎゅっと握り締めているのが見えた。

「今この場では何とも……家に帰って、まずはきちんと拝見させていただいてから、また改めて西田さんの方に父から連絡を入れてもらいますので」
「あらぁ、そうぉ?」

 西田さんが濃い化粧の顔を曇らせる。何となくあまり歓迎はされてないっていう空気で、うっせぇぞババァと言ってやりたくなってきたやり場のない気持ちを抑えていると、余計なお世話だババアというくぐもった声が聞こえてきた。今言ったの、誰!?
 その声に気付いたおじさん達が大きな声で笑い始めると、浩一さんがホッとしたように握り締めていた手を緩めて言った。

「すみません。そういう事ですので……今日はせっかくの花見ですから。そういう個人的なお話はまた別の機会に」

 浩一さんがそう言うと、西田さんはちょっと悔しそうな顔をしてそのまま引き下がった。
 それを合図にまた宴席が異様な盛り上がりを見せ始める。昔話の話題の中心は、もっぱら自分達が店を継いだ時や店を始めた時のからみ。懐かしむような顔を時折見せながらも、おじさん達は今だから言えるあれこれを交えつつ、それはそれは楽しそうにお酒を飲みながら話をしていた。

「悪いね。あのおばちゃん、いっつも俺の顔見ればあの調子だからさ」

 胡坐をかいて座ってた浩一さんが、後ろに手をついて伸びをしながら私に話しかけてきた。

「いや、全然。でも今のって……」
「あー……うん、そう。お見合いの話。やっぱわかっちゃった?」
「はい」
「だよねぇ」

 浩一さんはどこからか回ってきた惣菜やおつまみ盛り合わせみたいな大皿のミックスナッツをつまみながら、小さく溜息をついて言った。

「まぁ俺も27だしね。別にいいんだけどさ」
「……何か、引っかかることでも?」

 私が問い返すと、浩一さんはちょっと困ったような顔をして私の方を見て、そのままこっちに乗り出して私に耳打ちした。

「あのおばちゃん。ただ自分がまとめたっつー縁談の話をさ、周りに自慢したいだけなんだよな」

 驚いて顔を上げると、浩一さんはまたニッと笑った。

「そういう事だから、いい人がいるいないカンケーなく、俺はあの人の持ってきた話には絶対に乗らないって決めてんの」
「あぁ……なるほど」

 そう言って二人で顔を見合わせてくすくすと笑っていたら、缶ビールを片手に商工会のおじさん達があらあらまぁまぁ言いながらこっちに攻めてきた。え? え? 何!?

「若いってのぁいいよなぁ。なぁ、佐藤さん」
「まったくだ。こうして見てると、佳代ちゃんと憲ちゃんを思い出すよなぁ」

 ナニゴトかとうろたえているうちに浩一さんと二人、何だかすっかりおじさん達に取り囲まれてしまった。

「いいか、浩一。丸さんが何もお前に言ってないようだから、俺達が言っておく」
「はい……その、何でしょう?」

 浩一さんがふざけて正座に座りなおす。それを見ておじさん達は嬉しそうに調子付いてまたこっちに攻め寄ってきた。そこへ渡部さんが背後から浩一さんの肩に腕をかけてのしかかるようにして話しだした。どれだけ飲んでいるのか、酒臭いのが隣の私の方まで流れてくる。

「浩一、覚えとけ。憲次のバカが佳代ちゃん掻っ攫って以来、ここじゃ酒の席で女くどくのはご法度だ」
「はい」
「この宮里の駅前で商売してぇんだったら、忘れんな。よーく胆に命じとけよ?」
「はい、わかりました」
「ついでに言っとくと……あの場合、くどかれてたのは佳代ちゃんじゃなくて憲次の方だけどな」

 渡部さんがそう言った途端、おじさん達が頭を抱えて騒ぎだした。要訳すると、つまりはくどいてるのが佳代子さんの方だったから、邪魔をする事ができなかったとか何とか……っていうか、このおじさん達、いったい何をやってんの?

 大騒ぎの中で、浩一さんと二人で顔を見合わせて笑っていると、丸さんがいつの間にか隣に来ていて、私の手を取って頭をぺこぺこと下げて言った。

「今日は本当にありがとね、帆波ちゃん。ホントにね、ありがとね」
「え? えぇ、あの……はい。すごく楽しいです」
「親父、飲みすぎ。ぺこぺこしちゃって、何やってんの!」

 浩一さんが呆れたように言うと、丸さんは浩一さんの頭をばしっと叩いて、またぺこぺこやり始めた。

「こんな息子だけどね、帆波ちゃん。よろしくね」
「あ、あの、はい。えっと、こちらこそ? よろしくお願いします……」

 わけもわからずそう応えると、見かねた浩一さんが丸さんの腕を掴む。

「いいよ、帆波ちゃん。こんな酔っ払いのいう事にいちいち返事しなくったって……ほら、親父! ほら、ちゃんと立って!」

 そうして丸さんを私から引き剥がすと、ちょっと離れた席まで浩一さんは丸さんを連れて行った。
 取り囲まれていたハズだったのが、篠田さんの一件の話のおかげか、もうすでに皆それぞれ好き勝手にやっていて、輪の中に入っているようないないようなそんな距離で、それでも私は何だかすごく楽しかった。

 そこに戻ってきた浩一さんが、また当たり前のように私の隣に腰を下ろす。

「とんだ酔っ払いばっかりでごめんね。まったく……」
「ううん全然。ホント楽しいし。皆さんの意外な一面を見たっていうか」
「まぁね。みんないい人ばっかで、俺は好きだけどさ……ちょっと、お節介だったりするけどね」

 そう言って苦笑してるけど、そんな浩一さんはちょっと嬉しそうに見えた。

「毎年来てるんですか?」
「え? あぁ、俺? んー……車の免許取ってから、かな? 毎年持ち回りで荷物運ぶ運転手を決めてたらしいんだけど、俺が運転できるようになってからはずっとだな。自分達が飲めるからって、遠慮も何もあったもんじゃないよ」
「他に若い人もいるのに、毎年? いっつも浩一さんなの?」
「まぁ、うちから酒いっぱい持ってくるから、何となくうちが車出してんだよね。まぁいいんじゃないの?」
「ふ〜ん。でも大変そう……あ、そうだ! じゃぁ私が免許取ったら私が運転するっていうのは? そしたら浩一さんも飲めるし」
「え……」

 浩一さんの動きが止まる。あれ、私何か変なこと言いました?

「あれ? いいかなって思ったんだけど……あれ?」

 焦りが顔に出てるのか、浩一さんが驚いたような顔でこっち見たまま固まってる。
 なんで? 私何も言ってないよね!?
 変な汗が出てきた頃、浩一さんはくしゃっと困ったような笑顔を見せて、そうだね、と言ってどこかに行ってしまった。

 一人になってつまみをぽりぽりやりながら紅茶を飲んでいると、おじさん達がここぞとばかりに寄ってきた。みんな、買い物をするときにはオマケしたりしてくれる親切なおじさん達だ。花見に来ていろいろな話を聞いてしまった今は前よりいっそう親しみがわいて、その事を伝えたらなんだかみんな恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑っていた。

 とにかく笑って、笑って、笑い続けているうちに、いつの間にか日付は変わってしまっていた。
 それまでの大騒ぎが嘘のように、さすがは商売人っていうか、皆が慣れた手つきで片付けを始める。酔っているんだけど、ゴミはきちんと分別され、余ったお菓子類は土産にと私を含めた若い人チームに当たり前のように分け与えられ、大きなブルーシートが畳まれるとそこは、池のほとりの見慣れた光景に戻っていた。

「じゃ、恒例の一本締めといきますか」

 佐藤さんが言うと、皆、手に持っているものをその場において立ち上がる。
 夜空に小気味いい音が響き渡ると、お疲れ様という声と共に商工会のおじさん達は自分の持ち分の荷物を手に、それぞれ自宅の方へとばらばらと散らばって帰って行った。

 残ったのはいわゆる片付け要員である若い人達ばかりで、軽トラを取りに浩一さんが駐車場の方へと走っていくと、そこに残ったのは私以外は3人。それぞれ商店街の店の次代を担う人達である……らしい。