「別にいいんじゃねーの? 帆波も楽しそうだし……まぁ仲良くやってるよ、二人」
先輩が投げやりなカンジで言った。
いやいや、先輩的には良くはねぇんじゃねーのって俺は思った。
「まぁ、そうだな。あんな帆波は初めて見るよな、実際」
「……それを俺に言って、あんたはどうしたいの? 別にもう俺カンケーねぇだろ」
「へぇ〜。カンケーねぇとか、思っちゃってんだ、お前」
おっさんの言葉に先輩がまた舌打ちする。
そしてちょっと気まずい沈黙。また唐揚を一個頬張る俺。
おっさんは焼鳥詰め放題のパックからネギまを一本取り出す。それで先輩の方をちょいちょいっと指差しながら、おっさんはまた口を開いた。
「うーん。俺が思うに、だな。お前は帆波を諦めちゃダメだな、うん」
そう言って一番上の肉と次のねぎを一口で串から抜き去り、おっさんがビールが欲しくなるなぁとか言いながら美味そうに食ってる。なんかあいかわらず緊張感のねぇおっさんだなぁ。
もごもごと口を動かしながら、先輩の反応をおっさんが窺ってる。先輩はやっぱり怒ったみたいな顔で、おっさんの方を睨みつけたまんまだ。
「てめ、ジジイ! お前好き勝手な事ばっか言うなよな。まぁ、諦めろっつっても……そうそう簡単に、簡単な、そんなもんじゃねぇから。そこは……別にいいけど」
くぅぅぅううううう、先輩っ! もう姉ちゃんにベタ惚れじゃん!!
そこまで一筋に惚れ込めるっての、ある意味尊敬だよ。だって、だってさ、あの姉ちゃんだぜ?
い、いや。今のは撤回しとこう。こんなん思ってんのバレたら、二人からフルボッコだわ。
「帆波が幸せなら、それで良かったんじゃねーの? カミサマ的にはさ。違うの?」
先輩が喋り始めた。それはそれでなんかどんな言葉もイタくってたまんねぇんだけどね。
「いったい何がしたくて俺にそんなん言うわけ?」
先輩、ちょっとケンカ腰。かなりヤケクソ。
おっさんはと言うと……あーあ、美味そうに焼鳥食ってるし!
「え? あぁ……そうねぇ。そう……だな、うーん……」
おぉぉおおおおいっっ!! まさかノープランで先輩に何かわけわかんねーことふっかけてる訳じゃねーだろーなぁ!? 頼みますよ、ホントに。おっさん、あんた神様なんだから、本領発揮といってくれよ!
「何だっけ、あの……酒屋のにーちゃん」
「あぁ、浩一さん?」
「そーそー、それそれ。コーイチさんね」
そう言いながら2本目のネギまに手を伸ばす。またそいつでちょいちょいってやりながらおっさんが話し出す。
「コーイチさん。ありゃいい男じゃねぇの! 商店街での評判もいいし、若ぇのにあっちこっちから見合いだなんだって声もかかってるらしいぜぇ?」
「へぇ……」
先輩、顔こえぇ。
「それにな、あれでもういっぱしの大人の男だ。帆波をそのまんま受け止めてやれるだけの度量もある。帆波もまぁ、すげーのつかまえたもんだよな。いや、つかまったのか」
そう言っておっさんが笑う。先輩の顔が歪んで、俺は変な汗でワキが痒くなってきた。
た、頼むよ、おっさん。あんまし先輩いじめないで。
「若いのに感心だよ、ホント。いやいや、こりゃー案外いくとこまでいっちゃうんじゃねーの?」
焼鳥を頬張りながらそう言うおっさんは、言葉のワリにあんまり楽しそうな顔はしてない。でもどう考えても先輩にケンカ売ってるようにしか思えない。思えないんだけど、でもおっさんは先輩のことを買ってんだよな? だったら……いったい何がしてーの?
でもまぁ確かに浩一さんってそういうカンジ。何て言うんだっけ、ほ、包容力? 懐がでかいっていうかさ、うん。大人、なんだよな。あのめんどくせー姉ちゃんをさ、まるごと引き受けてくれそうな、そういうカンジなんだよ。
いやいやいや、別にだからって浩一さんで、っとかそういうワケでも……まぁ、でも誰の味方かって言ったら俺は間違いなく姉ちゃんの味方なわけで、姉ちゃんが幸せなら、俺はそれでいいんだよな。弟だもん、そりゃやっぱそうなんだろ。
っつーかおっさんさっき何て言った? いくとこまでいっちゃうって、ここでエッチだの何だのってそういう話じゃないよな。つ、つまりは……え、何? お、おいおい、浩一お義兄様っつー話!?
「お、おっさん……い……い〜っくら何でもそれはぁ」
「そうか? 少なくともあの酒屋のにーちゃんは、そのつもりだと俺は思うぜ?」
「ぜ、って……ちょ、マジで?」
「マジもマジ。本気と書いてマジと読むくらいマジだよ」
言い方はすげぇふざけてるけど、おっさんがマジで言ってるってことくらいわかる。
ってことはヤバいじゃん! 先輩、先輩は!?
「うるっせぇよ、ジジイ。そんなもん……見てりゃわかるっつの」
「先輩……」
「……わかるっつの。くそ……っ」
わ、わかるんだ。っつかわかってんだ。うわー、何つーか俺こういう時に何を言ったらいいのかとか、そういうの全然わかんねぇ。何か声かけたいとは思ってんのに。
「出遅れたな、諒太郎」
ぼそっと小さくこぼしたおっさんの声が耳にかすかに届いた。
俺は何だかいたたまれない気持ちってヤツで、先輩の方を見れなくなった。
先輩の舌打ちがまた聞こえた。
「出遅れたとかじゃねぇだろ、別に……」
ちょっとの間を空けて、先輩が何かいきなり喋り始めた。俺は先輩の声にただ耳を傾ける。
「俺はこれまでだって言いたい事はあいつに言ってきた。好きだとも伝えた。付き合って、別れて……でもまぁ、その時なりの自分の気持ちは伝えてきたつもりだよ、これでも」
「……あいつはちゃんとそれ、わかって聞いてたのか?」
おっさんが切り返す。思わず顔を上げて先輩を見ると、先輩はなんかがっくりってカンジの顔で首を横に振った。
「わかってんだかどうだか。はぐらかされたり、思わせぶりだったり。いや、それは俺がそう思いたいだけかもしんねぇけど。でもまぁ、なんだ。俺とはそういうの、あんまり考えたくねぇっぽいカンジ……いっぺんバカやっちった分、こっちもあんま強くも出らんねぇっていうか」
そう言っていきなり焼鳥に手を伸ばす。え、そこで食い始めるの、先輩!?
「まぁ……こんなもんなんだろ、俺は」
「……ふぅ〜ん」
あきらめムードの先輩に、また妙な含みのありそうなおっさんの態度。
唐突に焼鳥を食い始めた先輩を横目でおっさんがちらりと見る。俺はその様子を見ちゃいけないような気分で、でもガン見してる。あ、当たり前だろ。これ、俺の姉ちゃんの問題……って、あれ? 先輩の問題っぽくなってね???
塩のナンコツ串に、焼き味噌つけて先輩がやたらうまそうに食ってる。話題が話題だけにそれが妙に薄ら寒い光景で、俺は次に続ける言葉を完全に見失ってしまった。
「ふぅ〜ん……」
妙な間の後におっさんがまたそう言った。
それ聞いた先輩がちょっとムッとした表情でおっさんの方を見た。おっさんはすげぇ涼しげな顔で、薄笑いすら浮かべてるカンジだ。
「何?」
先輩が言う。まぁそうだよな、俺ですらおっさんの態度は気になるもんな。
「いや、何て言ったらいいか……なんだろうな。どうもカミサマ的に、何か引っかかるっての?」
「……何が?」
「んー。そうだなぁ、それがわかればおっさんもそれなりのアドバイスをだな」
「何だよ、それ。つっかえねぇジジイだな」
「まぁそう言うなって」
テキトーごまかしてるけど、おっさんはおっさんなりに何かあるってのはマジっぽい。何でかよくわかんねーけど、おっさんは姉ちゃんの恋愛事情ってヤツにどうやら先輩をかませたいらしい。
俺は先輩との付き合いも長いし、そう考えてる人がいるってのは嬉しいっちゃー嬉しい。けどさ、おっさんは神様だろ? その神様なおっさんがそんな事思ってるってなるとさ、やっぱ何かすげー重要な意味があるんじゃねーのって思っちゃうのは俺だけか?
「つかえねぇジジイだけど……まぁカミサマがそんな風に言ってくれるんなら、まぁもうちょっと悪あがきでもしてみっかって気も少し……起こらなくもないな」
珍しくおっさんの言うことを素直に受け止めた先輩が、独り言っぽくそう言った。おっさんは一瞬だけ表情を変えたけど、何か考えてた風な先輩の視界には入ってなかったっぽい。
俺はまた唐揚を一口で頬張って、顔歪めてもごもごやりながらおっさんと先輩を交互に見た。
何つーか……ここまで心配されてさ、姉ちゃんも幸せモンだよな。
なのに姉ちゃん、そんな事も全然知らねぇでさ。今頃、新池公園で商工会の人達と盛り上がってんだろうな。浩一さんも一緒にさ……。