トラック買取 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!
 

神様、お願いっ!<2011時期をはずしたお花見小説>


 少し肌寒い花粉まみれの風が吹く中、ケータイ片手に家路を急ぐ俺、望月航。
 もう片方の手には駅前のスーパー『ミヤサト』で買い込んで来た惣菜いっぱいのマイバッグと、スーパーの入り口で出張販売やってた軽トラの屋台から漂ってきたニオイにつられて、うっかりたくさん買っちまった焼鳥の入ったビニール袋。

 姉ちゃんは出かけてるけど、今日は留守番してくれる人間がいるから玄関は開いてんだ。
 俺はアパートの階段を駆け上がり、急いで部屋に戻った。

「た、ただいまー! 遅くなっちゃって悪かったッスねぇ、先輩。あれ? 諒先輩?」

 ダイニングテーブルのところでぼんやりしていたはずの先輩の姿が見当たらない。気配を探す。すると通り過ぎたばかりの俺の部屋から先輩の声。

「戻ったのか、航……こっち。お前の部屋、勝手に入らせてもらったぞ」
「あ、あぁ。そっちいたんスね。勝手も何も、俺全然構わないんで」

 そう言いながら部屋に戻る。どうせ食っちゃうんだろうし、惣菜も何も全部持ち込み。ゴミ箱溢れるかな、ゴミ袋持ってきといた方がいいか?
 そんな事をいろいろ考えながら、ふと先輩の方に目をやる。

 ……無表情。

 怒ってるでもなく、落ち込んでるでもなく、もう無表情としかいいようのない顔。この顔してる時の諒先輩が、実は俺、相当苦手。何考えてんだかわかんないし。

「ん? 何?」
「いや、何も……」

 ってぇ! 何? な、何なの、この重たい空気! いったい何がどうしてこうなった!?
 いやいやいや、理由なら何となく察しはついてんだ。先輩をここまで振り回せるのは姉ちゃんしかいない。そしてたぶん、姉ちゃんの話題は今、間違いなく地雷……でも、このままってのもね。重いのよ、空気がっ! どうする、俺? ここは地雷とわかっててあえて踏み抜くか、俺ぇ!?

「……そ、そ〜いや先輩は、行かねぇんッスか?」
「何が?」
「何がって……今日でしょ、駅前商店街の……何だっけ。商工会? の……花見?」
「あぁ、それ」

 こ、こぇぇぇえええええ。俺がっつり地雷踏んだ。怒ってる、先輩すげぇ怒ってるよぉ。でも怒鳴らねぇ。何も言わねぇ。こえぇけど、でも……。

「先輩も行くんかなって思ったんだけど……違うの?」
「……行ってどうするよ。っつーか、探り入れるようなマネすんな、航」

 あぁ、バレてる。そりゃそうだよな。
 先輩が行かない理由ならわかってる。姉ちゃんが他の男といるからだ。

 あれはいつ頃からだったか……バイトの帰りに時々姉ちゃんが男に送ってもらうようになったんだよな。何だっけ、確か……浩一さんっつったかな? 駅前商店街の酒屋の人。親父さんの手伝いで店に出てるらしくて、商店街の中でも酒屋が代替わりが一番早いんじゃないかとか、そんな噂になってるとか。それなりに評判はいい。でもって実際ホントにいい人っぽい。

 商店街ってのはよくわかんないんだけど、どうやら持ちつ持たれつ、みたいなところがあるらしい。先輩の実家、ケーキ屋の『MIYAJI』は材料を可能な限り商店街の店から仕入れてるとかで、卸売りもやってる酒屋『マルショウ』、つまり浩一さんの家からリキュール類やら何やらっていう洋菓子の材料になる酒類を仕入れてるらしい。
 姉ちゃんはバイトの仕事の一環で、納品に来た浩一さんと話をする機会がどうやら度々あったらしく、ある時からどうやらその二人の仲がどうにかなったとかならないとか……はっきり聞いたわけじゃないから俺もよくわからないけど、姉ちゃんの雰囲気が変わったってのはまず間違いない。そこから察するに、どうやら……ってわけだ。

 ホワイトデーとか、先輩から『志乃田』の豆大福をごっそりふんだくった姉ちゃんだけど、どうやらその頃には浩一さんも動いていたっぽい節がある。
 何にしろ、いきなり横から出てきた浩一さんに、先輩は姉ちゃんを掻っ攫われたカタチになってしまった。こっちについても詳しい事は全然わかんない。あくまでも俺の憶測。でもなんか、先輩は出遅れたっぽい。

 で、今日の花見。当然のように迎えに来た浩一さんと、姉ちゃんは一緒に出かけてしまった。

「いやいやいや、探りとか! そ〜れはないッスよ」

 正直、先輩には悪いけど探るまでもない、ってとこ。でもどうなっちゃってんだか知りたいってのが本音。やっぱここは嘘は吐けない。

「ねぇ先輩。あのさ……」

 こりゃもう聞くしかねぇと腹を決めた瞬間。いきなり部屋のドアがバタンと開く。

「あらあらまぁまぁ、イヤだわぁ〜。来てたんなら言ってくれればいいのにぃ。ごめんなさいねぇ〜、何もおかまいできなくってぇ〜」

 妙な言葉遣いで部屋にいきなり入ってきたのは、もちろんあの人。

「あれ? おっさん!?」
「久しぶりねぇ、航きゅーん。あら、そちらのシケた面のお兄さんもぉ〜。どうしちゃったのかしらぁ?」
「てめ……っ、っざけてんじゃねぇぞ」

 先輩がそう言って舌打ちする。その途端何か思い出したように顔を歪めて、再度舌打ちをした。

「ふふふ……何もふざけちゃいねぇよ。面白そうな事になってっから、様子見よ、様子見ぃ」

 おっさんがそう言って、俺と先輩の間に座る。空気がさらに重たくなって、それを吹っ切るように俺はおっさんに声をかけた。

「どうしたんさ、いきなり。まぁいっつも神出鬼没だけど」
「何、神出鬼没の何が悪ぃよ? 俺、神様だぜ? 神様が神出鬼没じゃなくってどーすんの」

 わかったようなわかんないようなことを言って、おっさんがひどく変形したソフトから直接曲がったセッタを咥えて火を点ける。灰皿をとって渡すと煙草を持った手をちょいっとあげておっさんは礼を言った。

「窓、開けるよ?」

 確認して、俺がベランダ側の窓を開ける。まぁ開けたところで煙は籠もるけど。
 おっさんは煙草を持った手の親指で頭をぽりぽりっとしきりに掻いて先輩の方をチラ見してる。

「何だよ」

 よほどうっとしいんだろう、先輩の方が吠えた。

「何か言いたい事あんなら言えよ、ジジイ」

 うえぇ。先輩さらに不機嫌。おっさんも妙に神経逆撫でするような態度やめてくれ!

「言いたい事っつーか何つーか……」

 様子を窺いながら、俺はテーブルの上にお惣菜類をどかどかと並べ始める。
 それを左隣の咥え煙草のおっさんが、一つ一つバカ丁寧にラップをはずしてくれている。
 俺は割り箸を渡して、上目遣いに二人の様子を窺いながら合掌。いただきます!
 自分でも不自然なくらいにチラチラと二人に視線をやりつつ、惣菜を口に運ぶ。正直もう味わうどころの話じゃねぇ。

「お前さぁ、何やってんのよ?」

 先に切り出したのはやっぱりおっさんの方。それに対しての先輩からの返事はない。

「あぁ……違うか。何もしてねぇからコレか」

 片方の口角を少しだけあげて薄笑いを浮かべる。それがまた何とも人を小馬鹿にしたような笑いで、さすがにちょっと先輩に同情しちゃうっつーか何つーか。そしてまた手を伸ばし唐揚を一個、丸ごと頬張る。お、これけっこうウマい。でもこれがまた困ったことに美味いもん食べるとつい顔が緩みがち……だけどそこは先輩のこえぇ顔を見てどうにかこらえる事に成功。

 それにしてもおっさん。神様ってことだけどホント、いっつもいいタイミングで来てくれるよなぁ。って、あれ? 今回は姉ちゃんのためじゃなくって、先輩の、ため? いやいやいや、おっさんはとにかく姉ちゃんを幸せにってそれだけなんだよな。って事は今回来たのって、あんま意味なくね?
 そう思っておっさんの顔を窺う。うーん……ダメだ。何考えてんのかさっぱりだ!

「見事に横から掻っ攫われたもんだよなぁ、諒太郎。お前、どーすんの?」

 からかうような言い方だけど、おっさん、笑ってない。茶化してるカンジでもない。っていうか、よくわかんないけど……おっさんはどっか先輩にこだわってるところがあるっぽい。なんだ? 姉ちゃんには先輩がいいって、そう思ってるってことか?

「どうもこうもねぇだろ。見てのとおりだよ」

 吐き捨てるように先輩が言うと、おっさんはちょっと何かを考えるみたいな素振りをしてから小さく溜息を吐いた。

「あっそ。なんか諦めムードだな、オイ」
「…………っ」
「まぁ無理もねぇか。今回ばかりは今までとちぃ〜とばっかし違うもんな。お前もわかってんだろ?」

 そう言って先輩の方をおっさんが見る。先輩からの返事はない。ただ不機嫌オーラが倍増しただけ。
 でもおっさんの言うこともわかる。今回の浩一さんは、今までの歴代彼氏さん達、もちろん先輩も含めてなんだけど、これまでとは姉ちゃんの様子が全然違う。いや、俺別に姉ちゃん評論家とかじゃないんだけどね。

 一言で言えば、姉ちゃんがすげ−リラックスしてるって感じるとこ。まぁそれほど見てるわけじゃないけど、雰囲気変わったのは絶対。それが先輩のところで働いてるせいかなっと思ってたんだけど……うん、そうなんだよな。先輩んちでバイトするようになってから、姉ちゃんは変な気負いがなくなったっていうか、すげぇいいカンジに力が抜けた気がしてたんだよな。そう。ちょっとばかし自分に素直になったっていうか……そこに浩一さん登場。
 かなり自然なカンジで姉ちゃんの世界に入り込んできたっぽいんだよね。あんだけ普通にしてる姉ちゃん、最近では先輩相手にしてる時以外だと初めて見たかもしんない。

 そうだよ! 先輩だってそんなんだから、だからけっこういいカンジにいけんじゃねーのって思ってたんだよな、俺!

「わかってるって……何がだよ」

 俺の思考に先輩の言葉が割って入る。
 あーあ、このカンジじゃ先輩も俺と同じこと思ってるっぽいなぁ。
 ってか姉ちゃん! 先輩に対してちょっとヒドくねぇ? 俺、てっきりあのまま自然なカンジで先輩と付き合い始めんじゃんって思ってたし!!

「その言い方じゃ、俺が言うまでもなさそうだな」

 おっさんはそう言ってゆっくりと煙を吐き出し、煙草の灰をポンと指で弾いて灰皿に落とす。
 俺はその動作をぼんやり見つめながら、二人の会話に耳を傾けていた。