「おぉ、お疲れ様」
「こんにちは! あれ、もうこんばんは?」
テントに入るなり早速声をかけてくれたのはスーパー・ミヤサトの佐藤さん。駅前の好立地で大手チェーン店の進出を阻んで営業し続けるのってたぶんすごく大変。だからこういう時に来てる地元の有力者、みたいな人達? といろいろパイプ作ったりとか、してんだろうなぁ……なんて思ってみたり。
お花見の時とは違う顔で、佐藤さんも、浩一さんのお父さんのマルショウのおじさん、通称『丸さん』も、みんな忙しそうに動き回っている。
「よっ、帆波ちゃん。元気だった?」
「久しぶりだね」
背後から声をかけてきたのはさっきの双子。最初に声をかけてきたのが……ど、どっちだ?
「あ、どっちかわかんねーって顔してる」
「ご……めんなさい」
「前よりかわかりやすくなったよー。髪、黒っぽい方が俺ね」
「俺じゃわかんねーだろ尚吾」
さらにその背後から浩一さんがツッコミを入れる。舌をぺろりと出して、尚吾さんがにぃっと笑った。
「で、髪長めで茶色っぽいのが真吾ね。つってもこんな時間じゃ茶色も黒もあんまわかんねーか」
「だなー。髪短いのが俺、尚吾でー、長くてちゃれぇのが真吾って覚えたらいいよ。今日のところは」
「ちゃれぇってなんだよ!」
あ、始まった。なんかじゃれてんだかケンカしてんだかのやりとり。
浩一さんは丸さんのところで何か話してる。やっぱりテントの中は忙しいよね。来たらまずかったかな……。
「あー、ダイジョブダイジョブ。俺らそろそろお役御免だから」
び、びっくりした! 私の考えてる事がわかんのかっ!? そんな顔でもしてたかな。
「せっかくの花火だから見ろってさ。晴彦は何だか親父達につかまっちまってたけど」
「あー、あそこはなー。佐藤のおっさん、腰の調子悪いみたいで、なんか弱気になってるらしくてさー」
「そうそう。俺の代はもう終わりだーとか、晴彦に任せたーとかずっと言ってるよな」
さっき声をかけてくれた時にはそんなカンジじゃなかったけど、どうやら佐藤親子はそんな事になっているらしい。
「まぁ一緒に花火見てくれる相手がいるのなんて浩一くらいだけどな」
「なー。俺らはこれから現地調達だもんなー」
尚吾さんの言葉に真吾さんが髪をかき上げてカッコつけて答える。そうですか、これからナンパですか、この双子は。
「しっかし……いいねー浴衣」
「いいねー。何これ、帆波ちゃん。浩一のリクエスト?」
「え? いやっ、リクっていうか、まぁ期待はしてくれてたっぽいですけど」
双子があんまりじろじろ見るから、浩一さんがこっちを気にしてチラチラと振り返ってるのが見える。だ、大丈夫だぞー。いじられたりしてないぞー、たぶん。
「帯とか、どうなってんの?」
「あっち向いてみて。クルッって。クルッってして」
「え? こ、こうですか?」
クルッとまではいかないけど、リクエストに答えて2人に背を向ける。
「後れ毛っ! 色っぺー!」
「うなじっ! 帆波ちゃん、うなじキレー!」
「ちょ、何……帯見るんじゃなかったんですか!?」
「俺ら帯見たってよくわかんねーもん」
「そーそー」
うきゃうきゃ騒ぎ出されて何だか恥ずかしくなってきた私は、2人をばしばし叩いてしまった。
そこへやっぱりこっちを気にしてた浩一さんが、とうとう割って入ってきた。
「おいお前ら、マジ何してくれてんの!?」
「褒めてんのー」
「そうそう。帆波ちゃんキレーって褒めてたのー」
「あんまジロジロ見んな! お前らが見ると減る!!」
「うわー、浩一。独占欲ですかー?」
「ケツの穴ちっちぇーぞ、オイィ」
「何とでも言え! あんま見んな馬鹿。帆波!」
「え? あ、何!?」
不意に手を引かれて浩一さんの方に引っ張られる。っつーかまた帆波って言った。浩一さん、やっぱりそう呼びたいって事なのかな。
双子の冷やかしはもう最高潮に達して、最早何を言っているんだかよくわからない。浩一さんは盛大に溜息を吐いてから、賑やかなテント内でも聞こえるように少し屈んで私の近くで言った。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ。浩一さんこそ、心配しすぎ」
「だって……浴衣だし」
浴衣、おそるべし。私のような女でも、何だかそういう心配されるレベルくらいにはなるのね。
犬を追い払うみたいに真吾さんと尚吾さんを手で追いやり、浩一さんは手を腰にあててもう一度大きな溜息を吐いた。
「ここじゃー花火どころじゃないとは思ってたけど……ひでぇな」
「あ、でもあの2人はこれからナンパに繰り出すみたいですよ?」
「何それ。マジで?」
「一緒に見てくれる相手を現地調達するんですって」
「あーっそ。いいのかー? 確かどっちかは彼女いたハズだぞ」
「うーわ。マジっすか」
「マジっすよ。ひでーな、あいつら」
そんな会話をしながら2人の方に目をやると、双子は何やら楽しそうに人で溢れるメイン会場の方へと消えて行った。
「行ったな……少しは静かになったけど、さすがにここで花火を見ようって気は起こらないな」
「そうですね。さっきからほら……」
そう言って浩一さんの肩越しに視線を投げる。浩一さんが見るともなしにそちらを見る。もちろんその視線の先にいるのは例のあの人、西田のおばちゃんだ。
「めっちゃ見てます、さっきから」
「めちゃくちゃ見てんな。カンベンしてくれよ、全く」
浩一さんはそう言うと、ちょっと考えてからまた口を開いた。
「俺、まだあと少しだけ用事があるのね。で、移動しようと思うんだけど……どうしようか。ここで待ってる?」
待ってますよ、と言おうとして、ハタと生温い視線に寒気がした。西田さんだ。西田のおばちゃんがこっちに絡む隙を窺っている。
「何か狙われてるっぽいから先に移動して場所とっておく、っていうのは?」
「え? 大丈夫? 今日は尚吾とか真吾みたいなの、多そうだよ」
「大丈夫ですよー。少なくともここであの人につかまるよりはマシな気がします」
「えー? んんん〜……どっちもなぁ」
浩一さんは本当に困ってるみたいに見えたけど、チラリと背後を見てからうん、と頷いて言った。
「だな。こっちでつかまったら逃げ場なさそうだし。なるべく早く追いかけるから、俺も。どの辺にいる?」
「そうですね……縁日の方。お腹空いちゃったし、いろいろ見ながらのんびり歩いてますよ。で、ここからはちょっと離れるけど、池の向こう側の芝生広場の方? メイン会場よりは人少ないって前に聞いたことあるから。中橋渡ってそっち向かいます」
「縁日抜けて中橋渡って芝生広場の方ね。了解」
「何か買っておきますか?」
「いいよ。てか一緒にまわりたいから、どうにか縁日抜ける前に追いつけるよう頑張るよ」
「じゃテキトーに飲み食いしてますから。ケータイ、鳴らして下さい」
「わかった。じゃ、気を付けて。何かあったらすぐ呼んで」
「でも用事は?」
「そっち優先。当然でしょ」
にぃっと笑う浩一さんの言葉に私は頷いてテントを後にした。