オールリンネガン.net 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2013梅雨だというのに花火大会小説>


「浴衣、いいね。似合ってる」
「そうですか? 良かった。いやもう、何か頑張っちゃいましたよ」
「頑張るって……あれ、自分で浴衣着られるの?」
「はい、浴衣くらいなら。着物とかってなると全然だけど」
「ふーん、そっか……。あ、足とか痛くない?」

 あぁ、だから手を繋いだ後はゆっくり歩いてるんだ。こういうさり気ない心配りはホント、浩一さんだなぁって思う。いや、それまでの彼氏の皆さんがそういうのに気付かないヤツらだったってコトかな。

「大丈夫です。けっこういいの買ったんですよ。だから足、痛くならないんです」
「へぇ……なんか俺も浴衣にすりゃ良かったな」
「浴衣持ってるんですか?」
「一応ね。でもほら、ここの花火大会だとさ、いろいろやる事あるじゃない。正直、浴衣じゃ動けない」
「……私も浴衣やめといた方が良かったかな」
「なんで! もう絶対に浴衣でしょ!」
「えぇ!?」
「今日のテントの中はうちだけじゃなくっていろんな団体がいるからね。接待とかさ、メインで動いてるのは親父達の代だし……いいんだよ。俺らはさ、ほら。顔見せみたいなカンジだから。それに……」

 そう言って浩一さんがすごくげんなりっていう顔をする。

「本部のテント、あの人いるんだよ。ほら、西田の」
「あぁ……あのおばちゃん」
「そう。あいかわらずだからね、あの人」

 浩一さんは大きな溜息を吐いて肩を落とした。
 あれ? でも確かお見合いだか何だかの話って、私と付き合ってるってのを理由に断わったハズじゃなかったっけ?

「あいかわらず、なの?」

 思わず口を突いて出た言葉に自分でびっくりした。浩一さんもちょっと驚いたような顔で私の方を見て、すぐにクシャっと笑って言った。

「付き合ってる子がいるとは言ったんだけど名前は……名前は出さなかったんだよ」
「……そうなんですか」
「うん。言ったら言ったでめんどくさそうだったし。それにほら、まだでしょ」
「まだ?」
「まだ、でしょ? ゆっくり考えてって、俺言ったよね」
「あー。はい、そうでしたね」
「……うん、そうだよ。っつってもまぁ、おばちゃんと話してるカンジじゃおそらく、完全にバレてるっぽいけどね」

 そう言いながら浩一さんは私の手を離した。えっと、このタイミングで手を離されると、なんかいろいろ勘繰っちゃうんですけど。なんかちょっと、複雑なんですけど。
 ちょっと不安に似た気持ちが湧いてきちゃったぞ。困ったな、嫌だな、こういうの。でもだからってそんなすぐ返事なんてできないし、いったいどうしたら……。

「お、真吾と尚吾も着いたんだな。帆波ちゃん、あいつら覚えてる?」

 ……ちゃん、ってまた付けて呼んでる。

「覚えてますよ。ただどっちがどっちか、また区別はつかなくなってますけど」

 私の言葉に浩一さんは笑った。そして本部テントの方に向かって手を振ると、こっちに気付いた真吾さんだか尚吾さんだかが手を振り返してきた。
 いや、それよりかやっぱどうしてもこのもやもやしたのをどうにかしたいぞ、私は!

「浩一さん!」

 思ってたより大きな声が出てしまって、呼ばれた浩一さんも何事かと驚いてるカンジだった。

「どうしたの?」

 振り返った浩一さんが、向きを変えて私の前に立った。えーっと、何をどう言ったらいいのか……。

「あの、ですね……」
「ん?」

 浩一さんは私の言葉を待ってくれている。まぁいいか、思ったまんまをそのまま言ってみよう。

「その……どうして西田のおばちゃんに私の名前を伝えなかったんですか?」

 ちょっとストレートに言い過ぎたかな。うん、でも引っかかったのはここだもの。伝えたっていいはず、聞いたってかまわないはず。
 だけどちょっと思った事を素直に出しすぎて、浩一さんの方を見ることができない。下向いちゃった……浩一さん、どんな顔してるんだろう、今。

「なんでかって……まぁ、これ言うとまた帆波ちゃんにプレッシャーとかになりそうで伏せておきたかったんだけど……いい?」

 うん。私のためなんだろうっていうのはだいたいわかる。浩一さんはそういう人。でも!

「いいです。あやふやな方が気になります」

 ちょっとの間の後に浩一さんが深く呼吸をした。

「そっか。まぁそりゃそうだよな」

 私は顔を上げて浩一さんの方を見た。浩一さんは照れたような困ったような、そんな複雑な表情で私を見ていた。

「バレてるっぽいのはぽいんだよ、間違いなく。でもね、そこで名前を出したらさ、あの人きっとあれこれ世話を焼き始めると思うんだよ。ほら、帆波ちゃんとこ、ご両親亡くなってるでしょ」
「はい」
「もうさ、目に見えてわかるんだよ、あの人。名前出したら、こういうのはどうこう……って知った風に言い出して、日取りだの何だの、勝手にどんどん進めてっちゃいそうっていうか。いやもう話まとめてでかい顔する気マンマンっつってもいいや」

 うわー。なんかもう目に浮かぶわー。なるほど、確かにそれはたまんないな。てか日取りとかって言葉聞くと、何だか一気に現実味が増すっていうか。そうだよな、浩一さんはそういう意味で私にゆっくり考えてって言ってるんだもんね。わかってはいたけど、でもわかってなかったのかもってちょっと思った。

「俺ね、ホントにそういうの迷惑なんだよね。だけど付き合いとかいろいろあるからさ。つっても、実際いらん口出し始めたら、たぶん黙ってないけどね」
「……だから名前を出さなかったんですか?」
「だよ」
「そっか……」
「うん。何か嫌な気分とかにさせちゃった?」

 浩一さんが心配そうに私の顔をのぞき込む。私は一呼吸置いてから浩一さんに言った。

「大丈夫……浩一さんって、私の事ホント大好きですね」

 照れ隠しに笑ったら、浩一さんはちょっと照れたように、そうですよーと笑いながら言った。

「……行こうか」

 さっきと同じように浩一さんが手を差し伸べてくれて、私はその手をとった。
 そんな私達の様子を見た双子の兄弟が、口笛を吹いたり野次を飛ばしたりしながらしきりに冷やかしている。浩一さんはそんなのお構いなしに私の手を引いて本部テントの方へと進んで行った。