中西よりも西寄り 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2013梅雨だというのに花火大会小説>


 日もだいぶ傾いてきて、足下に伸びる影も随分と長くなってきている。
 花火大会のある新池公園に向かう人達の波も、たぶんもうピークを超えているのだろう。思っていたより随分少ないように思えた。それでも臨時便が何本も出ていたバス停からここまで、たくさんの人達が新池公園に向かって歩いている。通常なら公園の中のロータリーまで乗り入れるバスも、今日は公園の随分手前で折り返し運転をしている。まぁ確かに公園の手前の方から縁日のように出店が並んで、人もたくさん歩いている。バスだけじゃなく車両の乗り入れも確か制限されているはず。商工会の人達も、その規制を避けて随分早い時間から会場入りするような事を浩一さんから聞いている。

 新池公園に近付くに連れて人が目に見えて増えてきた。
 まぁそうよね。公園の中はイベントとかもあって、きっともっと人で溢れかえっているんだろうな。あまり中に入ってからでは待ち合わせどころじゃないかもしれない……ここいらでメールしておこうかな。そう思ってケータイを取り出した。

『着いたよ。どうしたらいい?』

 我ながら素っ気無いメール……でも忙しかったら長いのなんて見れないだろうし。いや、着いたってだけの内容をどう引き伸ばしたらいいかわかんないだけか。
 余りにも色気のない自分のメールにいたたまれない気持ちになっていると、見つめていたその文章が不意に揺れた。あ、着信!?

「……はい」
『あ、帆波ちゃん? 俺、丸山だけど』

 浩一さんだ……そんなの着信の画面見たらわかるのに。クセなのか、浩一さんはいつもちゃんと名字で名乗る。律儀っていうか、妙に浩一さんらしいとその度に思う。

『今テント抜けてきたんだけど……どこにいるの? 何で来た?』

 歩いているらしくて呼吸が揺れている。とはいえ、私がどこにいるのかわからないのに、この人はどこに向かっているんだか。

「えっとバスで来ました。ここは……どこだろう? 公園の入り口なんだけど」
『バスで来たの? どっち方面から?』
「宮里からです。小出塚の方はたぶん人がスゴいだろうなって思って……」
『そっか、わかった。しかし人多いな……帆波ちゃん、どんなカッコで来た? なんか目印みたいな、ある?』

 目印って私自身? それとも周りの何かの事かな……え〜っと……。

「あの、浴衣着てるから、ちょっとわかりにくいかも」
『え……ちょ、マジで!?』
「え? あぁ、はい」

 浩一さん、電話の向こうでむせ返ってる。ちょっと笑える。

『えーっと、その……あー、浴衣って……何色? あ、待って。ちょっと今の聞き方変態っぽい。ナシナシ、今のナシにして』

 喜んでるっていうか動揺してるっぽいのが面白い。浩一さんだって着てくるのかとかメールで聞いてきたくせに。
 小走りなのか少し息が上がってて、まぁ確かに変態っぽいっちゃーそうかも。いや、言ったら拗ねそうだから言わないけど。あ、けどちょっとそれも面白いかもしんない。

「息、少し荒いですよ。色って下着の色ですか?」
『ちょっと! 違うって、だからさっきのはナシだって! 待ってって……あーもう』
「……嘘です。紺色ですよ、濃紺。けっこう大きな花の柄で……この花、なんだろう? わかんないな」
『ノーコン? あぁ、紺色の濃いヤツね。花柄の……あ、ひょっとして髪上げてたりする?』
「え? はい」

 私のこと見つけたのかな。話をしたままで辺りを見回す。

『んー、違った。あーあ、人ゴミの中でもすぐにわかったよ、とか言いたかったのに』
「あははは、何ですかそれ」
『え? 何かそういうのいいじゃない。でもごめんねー。俺、全然見つけられない。もうちょっと話してていい?』
「いいですよー。浩一さんはどっちから来てるんですか?」
『俺? んー、どっちって言ったらいいんだろう。メイン会場の方からだけど……あ!』
「ん? どうかしました!?」

 あ、と言ったっきり浩一さんが黙ってしまった。

「浩一さん?」

 呼んでみたけれど返事がない。なんだ? もう近くにいるのかな。ケータイを耳にあてたままで辺りをぐるりと見回してみる。すると……
 一番混み合っている方向から、誰かこちらに向かっている気配。あれかな?

 人の波に何度も流されそうになって、その度に誰かにぶつかりながらこっちに近付いて来る人がいる。あぁ間違いない。いちいち律儀に謝っているっぽいあのカンジ、浩一さんだわ。
 チラッと顔が見えた瞬間に、少しだけ手を上げて振ってみた。気付くかな? いやでもこの恰好じゃ大きく手を振るとか、無理だし。あぁでもやっぱりそうだ、浩一さんだ。
 近付いて来るその人の方に少しずつ歩いて行くと、人ゴミをかき分けやっと出てきた浩一さんが、私の前方1mくらいのところでぴたりと足を止めて固まってしまった。おや? なんだなんだ?

「浩一さん?」

 アホ面というか、何とも間の抜けた表情で固まっている浩一さんの目の前まで歩いていきその顔を見上げる。

「どうかしました?」
「う……」

 う? う、ってなんだよ!?
 はてと思って首を傾げると、浩一さんはいきなり表情を隠すように顔を片手で覆って目線を逸らした。

「……やべぇ」
「はい?」
「……帆波、すっげぇキレイ…………」
「え!?」

 ……こ、こ、こっちまで恥ずかしくなってきちゃったんですけどーっ!?
 あらあら、みたいな視線でおばちゃんの集団が私達の横を通り過ぎていく。若いっていいわねー、みたいな言葉が聞こえてくる。
 うわわわわわ、恥ずかしい! 何これもうめっちゃくちゃハズいんですけど!!!!!

「ごめ……俺、やっぱ変態っぽいな。行こう」

 そう言って目を逸らしたままで浩一さんがついて来いってカンジに前を歩きだす。
 私もそのすぐ後ろについて歩きだしたんだけど……いや、さすがに履き慣れないモン履いてるからね。すぐに距離が空いてしまった。おいおい、浩一さん。そりゃーないよ。
 浩一さんはちょっと前方を歩いている。まだ顔に手をやったままで、私が遅れてしまっている事に気付いてないっぽいな……あ、気付いた。おぉ! なんか慌ててキョロキョロしてる。ちょっと面白いな、あぁいう浩一さん。

「ご、ごめん!」

 浩一さんがちょっと照れくさそうに戻ってきて、何だか何かを堪えてるような変な笑顔で言った。

「彼女の浴衣姿見たくらいで……俺は青春真っ只中の高校生かっつーの……」

 ばつが悪そうにこちらに手を差し出してくれたので、私はその手に自分の手を添える。浩一さんがしっかりとその手を握ってくれて、すぐに指と指を絡めるように握り直す。うーん、恋人つなぎだなぁ。

「いい年してみっともねぇなぁ。俺、手汗ひどいよね」

 それでもしっかりと手をつないで、つかず離れずの距離で並んで歩く。心なしか、いつもより歩くのが随分とゆっくりだ。

「浩一さんでもそんな事気にするんですか?」
「するでしょ。好きな子の前ではカッコつけてたいじゃない」
「ホントにカッコつけてたい人は、当人の前でそれ言わないんじゃないですか?」
「だ〜よなぁ。そこいらが若干おっさんの気配なんだよなぁ、俺」

 いつもの浩一さんが戻ってくる。でも……うん、言った通り『手汗』モード全開かも。って、言わないけど。あ、そういえばさっき……。

「浩一さん。さっき……」
「さっき? え、何?」

 いや、別にたいしたことではないんだけどね。

「さっきね。帆波って言ったなぁって」
「え? そうだった!?」

 なんか繋いでる手が少し熱くなったみたいに感じた。照れてるのかな、なんだかな。

「嫌だった?」
「え?」
「いや、帆波って俺が呼んだの……嫌だったのかなーって」
「なんでですか? あ、嫌だから言ったんじゃないですよ? ただいつもちゃんって付いてたのがなかったから。あれ、帆波って言ったって思って」

 ただそれだけだったんだけど、浩一さんは頭をワシワシっと掻いて天を仰いだ。

「なんかさ、何となく最初に帆波ちゃんって呼んでたからずっとそれで来ちゃったんだけど……」

 何かを言いよどむ浩一さん。なんだ? この会話のどこにそんな要素があるんだろう。

「他のヤツ……てか祥太郎さんとこのが帆波って呼んでるじゃない?」
「は? 宮司ですか? まぁあいつは……そうですね、そう呼んでますね」
「あーあ。俺もう30近いのに……なんだろうね」
「なんですか?」

 って聞き返すのもイジワルだろうか。

「……嫉妬? いや、対抗心に近いかな」
「浩一さん、宮司のことすごく気にしますよね」
「しますよー。そりゃーするでしょ」
「……いらん心配ですよ、それ」

 そうは言ったけど、それに対する浩一さんの返事はなかった。うーん……難しいのぅ。宮司とは何にもないんだけど、男の人っていうのはそういうもんなんだろうか。それともそういう何かを感じ取って、それであれこれ心配しているのかな。いやいやいや、そういう何かってなんだよ!?
 脳内で一人ツッコミを入れている私の横で、浩一さんがちらりとこっちを見た。