うまく活用したい金融情報 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2014だけど2013花火大会その後の小説>


 車を出す浩一さんを玄関の前で見送り、部屋に戻ると航が炭酸のペットボトルをまた1本開けながらぼんやりと座っていた。

「ジェンさん、帰った?」

 ものの1時間くらいで航は姉の彼氏である浩一さんに妙なあだ名をつけてくれやがった。
 何っ? ジェンさんって何!?

「うん。なんか悪かったわね、航。帰ったばっかのとこに」
「いんや、別に。大丈夫だし」

 そう言って喉を鳴らして炭酸を一口飲んだ航は、どこか様子がおかしく見えた。

「……なんかあった?」
「は?」

 不思議そうにこっちを見る航の向かいの椅子に腰を下ろす。

「だって何だか元気ないっぽい」
「そう?」
「うん」
「そうでもねーんだけど……うんまぁ、そうね」
「何よ?」

 そう聞き返すと、航はおもむろに立ち上がって、いそいそと私のカフェオレのお替りの準備。
 その様子をぼんやり眺めていたら、そんなずっと見んなと言われてしまった。はいはい、すみませんでしたねー。

「ありがと」

 お礼を言ってカフェオレを受け取る。航はやっぱりなんかちょっと様子がおかしいような?
 どうやら私は自分で思うよりも何かを探るような顔をして見ていたらしく、航は観念したように溜息を一つ吐いた。

「うーん。何つーかなぁ」

 そんな事を言いながら、頭をぐしゃぐしゃと掻き毟る。

「ん? 何?!」
「いいね。ジェンさん。いや、想像以上だったわ。いやいや、まいった」
「別にまいるコトはない、ってかジェンさんって何よ?」
「は? ジェントル丸山だからジェンさん」
「またあんたはワケのわからん妙な名前を……」
「いいじゃん。ジェンさんもそう言っていいっつってたし」
「嘘でしょー?」
「マジマジ。懐でけーわ。さすがジェンさん」

 ジェンさん、ねぇ。

「まぁいいけど」
「……ジェンさんあんなんじゃさ、な」
「ん?」
「いや、先輩こりゃもうダメかもなーって話」
「は?」
「諒先輩だよ」
「りょ、って宮司?」
「だよ。まぁいいんだけど。あ、姉ちゃん。俺、先シャワってもい?」
「え? あぁ……どぞ」
「うぃー」

 そう言うと、飲みかけのペットボトルを冷蔵庫に突っ込んで、航はお腹をぼりぼりとかきながらお風呂の方に行ってしまった。
 ダイニングに一人残され、カフェオレをゆっくり口に運ぶ。さっきまでここに浩一さんがいたんだなーって、ちょっとニヤニヤしてしまう。
 それにしても……。

「なぜ宮司?」

 口に出してみて改めていろいろな感情が浮かび上がってくる。今日は頭も心も大忙しだったなぁ。
 目を閉じて、まぶたの裏に思い描くのは夜空に咲いた大輪の花火。ドーンという重低音は、まだ耳の奥に残ってる。それと共に思い出されるあのモヤモヤした複雑な気持ち。
 時間が経った今でもまだ何か答えが出るわけでもなく、変な熱を帯びて燻ったまま、お腹の下の方に沈んでいる。
 自分の事なのに考えがまとまらない、何一つとして答えが出ないようなそういうカンジ。いや、そもそも何に対してこんなにモヤモヤしてるのかすら、わかってないのかもしれない。

「……あーもう!」

 そうは言ってもやっぱり答えを探しちゃうよ、ジェンさん!
 あ、やべ。私までジェンさんって言ってる。いや、声に出してないからこれはノーカンで。って誰に言い訳してんの、私!
 はぁ。なんというか、本格的にプロポーズされちゃったなぁ……本格的ってなんだ? あーでも、すごく現実味を帯びてきたっていうか。いやいや、前も現実味がなかったわけじゃないんだけど。なんでこんなにずんっと来たのかって、やっぱり……。

「軽井沢、ね……」

 思わず口をついて出たその言葉に背後から何やら気配。

「え? 軽井沢行くの?」
「うわぁっ!!!」
「わぁ! って、なんだよ。あ、なんか聞いちゃまずかった?」

 冷蔵庫の扉に手をかけたまま、航が驚きの表情で私を見ていた。

「ううん、大丈夫。シャワー、早くない?」
「時間長ぇとまた汗出てくんじゃん」
「そっか」
「そーそー」

 タオルを頭からかけて、パンイチ姿の航が炭酸のペットボトル片手に私の向かい側に座る。なんか着ろ、バカ! そんな姉の事などおかまいなしでペットボトルいじってる。ホント炭酸好きね、この子。

「……旅行?」
「へっ?」
「だから、軽井沢」
「あぁ、いや、旅行ではない、かな」
「ふぅ〜ん」

 何を考えているのやら。ペットボトルをテーブルに置いて、唐突にタオルドライ? 頭をぐしゃぐしゃやり始める。
 私は私で、何ていうか執行猶予の時間をもらったような気分。どうしようどうしようって、さっきから頭の中で必死に言葉を探してる。
 航の手が止まる。一瞬の緊張、そして……。

 ――ピンポーン。

 あれ? 浩一さん、かな? なんか忘れ物でもしたのかな。

「ジェンさんかな」
「どーだろ。忘れ物かな」
「姉ちゃん出れる? ごめん、俺パンイチ」
「うん……」

 立ち上がって玄関に向かう。
 背後から、一応チェーンつけたままにしろっていう声が聞こえた。できた弟だ。

「はい?」

 そう返事をしてとりあえずドア越しに外を窺うけど、死角に立っているのか誰の姿も見えない。
 浩一さんじゃーないのかな。こりゃホントにチェーンははずしちゃダメだ。

「はーい」

 若干訝しげな空気を含みつつ、もう一度返事をしてドアをゆっくりと開ける。視界に入った足下には……下駄?
 おそるおそる顔を上げると、なぜか少々頬を朱に染めてあの人が立っていた。この浴衣姿を見るのも今日は二度目。

「……来ちゃった」
「彼女かっ!!」

 お持ち帰られる気満々だったのに家へ送り返された彼女が、そんなこんなの彼氏の葛藤ガン無視で一人暮らしの部屋へと押しかけた時のお約束セリフである。
 突っ込むもんかといつも心に誓うのに、どうにもこのおっさんには……まったく。

「何か用?」

 俯き加減のおっさんにドアのチェーン越しに訊ねると、おっさんはもじもじしながら顔を上げて言った。

「……中、入れてくれないの?」
「だからそれは何なのよ?!」

 はぁ……付き合ってられない。ドア、閉めちゃおうかな。いや、でも外で彼女ごっこの続きでもやられたら近所迷惑だし。

「なんだよ、お前。来たのかよ」

 突然、真横から航の不機嫌そうな低い声。

「わ、航きゅんっ!」

 は!?

「航ってもう呼ぶなよ。お前とはもう……」
「そんなっ! 待ってよ、わた……も、望月きゅん!」
「だから何なのよそれ! ってか航まで!!」

 パンイチのままで玄関に出てきた航のお尻を蹴り飛ばす。航は涙を流すほどに大笑いしながらドアのチェーンを開け、おっさんを招き入れた。

「うぇ〜い」
「うぇ〜い!」

 何か勝ち誇ったような満足げな表情で、2人してグータッチやら何やらを繰り返し、最後にはハグしてお互いを讃え合っている。バカだ。またバカな空気が蔓延してしまった。
 さっきの浩一さんといいおっさんといい、なんでいい大人になってまで男の人って……っとか思ってから、おっさんと浩一さんとを同列に並べた自分にがっくりとする。
 ま、まぁ気にしてちゃ負けだわ。っていうかおっさん、何しに来たんだろう? それよりさすが神様っていうか、絶妙に時間ずらして現れたり消えたりするのよね。どっかで見てるとしか思えないっていう。
 いったい誰に会いに来たんだかわからないけど、おっさんは当然のように航と一緒にダイニングの方へ。玄関に一人残された私は、また施錠してからチェーンをかけた。