「お待たせ……航、私にも麦茶」
イスに腰掛けてなにげなく言うと、浩一さんが思わずといった風に噴出した。
「え? 何!?」
私が言うと、航がほらってカンジにドヤ顔で口を開いた。
「ほーらね? 俺だって帰ってきたばっかなのに、当然ってカンジで言ったっしょ?」
「ホントだ。航くんの言った通り……」
え? えぇ? 何???
「ちょちょ、ちょっと! 何言ったのよ!?」
「べぇ〜っつにぃ〜?」
航はニヤニヤ笑いながら冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注ぐと、私の方によこした。一口、喉の奥に流し込む。
「別にって……何だかなー。イヤなカンジだなー」
「変な話はしてないよ」
笑いを含んだ声でそう言われても、説得力まるでないよ、浩一さん!
「何だかなー。何を話してたかなーこの人達はなぁ」
「変な話はしてないって」
「そうそう。浩一さんの言う通りだって。ダイジョブダイジョブ、ダイジョブネー」
「だからそのダイジョブが一番不安なんだってば」
そう言って二人の顔を交互に見るんだけど、なんか澄ましたムカつく表情の航と、どっか含みのある笑みを浮かべてる浩一さんからは会話の内容なんて読み取れない。
こりゃ諦めるしかない、か。はぁ……。
「あーもう。こんな事なら浴衣のまんまでここにいりゃ良かったなー」
「まだ疑ってんの、帆波ちゃん。そんな変な話はしてないって。普段ね、家ではどんなカンジなんかなーっとかさ」
「それが一番気になるんでしょ! 航が言ったんだし、不安でしょ!」
やけくその訴えに浩一さんがまたたまらず笑い出す。いや、堪えようとはしてるっぽくて、俯いて肩を揺らしてる。
「あーもう……化粧落としてくる!」
「はいはい、いってらっしゃい」
「へー。浩一さん、女の人のスッピンアリの人?」
洗面所へ向かおうとしたところに入れ替わりで航が会話に割って入ってくる。浩一さんはまだちょっと笑ってるカンジで返事をする。
「気にしないよ? いや、帆波ちゃん、ほぼスッピンみたいな日の方が多いでしょう? 今日みたいな方が珍しいじゃない」
「あー、まぁそッスね。けどほら、女なんだから化粧とかちゃんとしてないとダメだとか、いるじゃない?」
「んー……それはわかんないけど。まぁキレイにしてるのは嫌いじゃないし、出かける時とかにそういうの気を使ってくれるのも嬉しいけど……俺自身は別に必ずそうしていろとかいうのはないよ」
「ふーん。そんなもん?」
「航くんは? 高校生だったよね。やっぱ化粧とかしてる子のがいいの?」
「んー……」
洗面所に行ったはいいけど、また会話が気になって仕方がない私。
てか浩一さん、別にスッピンでも何でもいいのか! いやいや、何でもいいってことはないだろうけど。
「なんか一生懸命かわいく見せようと頑張ってんのとか、化粧した顔そのものよっか、そっちがかわいいっていうか」
「あーなるほどね。それはちょっとわかるかも」
へー。へーへーへー。そうなんだ。そういうもんなんだ。
「あと、ほら。何ていうか……」
「なんすか?」
「あれこれ塗ってないでいてくれた方が、いろいろとこう……ね、あるじゃない?」
――え?
「え? あー、あぁ……まぁね。まぁ……うん、ありますね」
「でしょ? わかってくれる?」
「男としてはわかるけど、姉ちゃんの彼氏にそれを言われるのは微妙ッスね」
咳き込む浩一さん。
「そ、それもそうだね、ごめんごめん」
「そうッスよ。ジェントル丸山、失格ッスね。マイナス15点」
洗面所の鏡にうつる私の顔が見てそれとわかるほどに赤くなっている。ちょっと! 浩一さん、何の話をしてんの!? てかジェントル丸山ってなんだ!!
い、急ぐべし! あの人達、2人だけにしてたらダメだ! 何を話し始めるか、こわくてたまらん!!
ソッコーでメイクを落として洗顔して、そんで、そんで……よ、良し。戻る!!
「お、お待たせしました……」
「おー、ナイスなタイミングだわ。コーヒー、けっこう熱取れた。姉ちゃんもアイスっしょ? って、どした?」
航が不思議そうな顔で私の方を見る。
「なっ、何がっ!?」
「いやぁ、なんつーか。日焼け? 顔赤いっつーか……」
「そう?」
誰のせいだと思ってんだ、誰のせいだと! あ、浩一さんか……。
「……聞いてたな?」
そう言ったのは浩一さん。ボソッと一言。航から受け取ったアイスコーヒーを口に運ぶ瞬間に。まったく、この人は!!
動揺を隠してアイスカフェオレを作るのに冷蔵庫の方へ。良かった、二人には背を向けるカタチになった。
グラスにカランカランと気持ちよい音をたてて氷。コーヒーと、ちょっと多めの牛乳。カフェオ『レ』とか言ったのは誰だったか。あー……。
違う方向からまた変な揺さぶりを受けたような感覚を咳払い一つでごまかした。
「なんかずっと話してましたね」
「そうね。なんか航くん、聞いてたとおりだね。笑っちゃうくらい」
「何スかソレ。どうせアホとか何とか、そんなんでしょう?」
「いやいや、そんな事はないって。いや、言ってたけど」
ちょっと拗ねたような顔をわざと作ってる航に対して、浩一さんが笑いながら応える。
その後、しばらく3人で話をして、1時間ちょっとで浩一さんは帰って行った。