仕事探しの記録 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2014だけど2013花火大会その後の小説>


「おじゃましまーす」

 近所の人への配慮なのか緊張なのか、ちょっと小さめの声でそう言って靴を脱ぐ。あ、ホントだ……ここにこうして浩一さんの靴があるの、初めてだ。私はドアにチェーンロックをして鍵をかけた。
 おっさんが来たらどうしようとか一抹の不安を感じつつ、来るなよーって念をどこかに向けて送った。そう、おっさんはまがりなりにも神様なんだから、きっとこうした念は届くに違いない。そんな事を思っている自分に我ながらちょっと笑った。

 浩一さんは航に声をかけられて私の部屋でもリビングでもなくダイニングの椅子に座っていた。まぁリビングだと直に床だしね。それよりか……よ、良かった、私の部屋に通されたりしてたら!まぁ浩一さんだから勝手に入ることはないだろうけど、入ってもかまわないけど。いやでもやっぱり一目チェックを入れてからの方が助かるというか……。

「コーヒーもうちょっとで入るんで。喉渇いてますよね」

 航がなんだか慣れたカンジでテキパキと浩一さんをもてなしている。な、なんだあの好青年っぷり?
 冷蔵庫で冷やしておいた麦茶をグラスに淹れて差し出す航。ありがとって礼を言う浩一さん。

「私、着替えてくるね」
「ほーい」

 そんな返事をしながら浩一さんの向かい側に航が座る。なんだなんだ、使える弟じゃないの!
 感心しながら部屋に向かおうとした私の耳にとんでもない言葉が聞こえてきた。

「あれ? 浩一さんは姉ちゃんの着替え、手伝わなくっていいんすか?」

 ――は?

「手伝いはいらないだろうけど……けどまぁ、至近距離で生着替えガン見ってのもちょっとねぇ、どうなのっていう」
「あー、確かに。や、いやだってほら、こんな時しかアレできないじゃないッスか」
「アレ?」

 当惑気味というより面白がってるような浩一さんの返事。

「アレっつったらアレじゃないすか、浩一さん。悪代官的な」
「あぁ、アレ!」
「そうそう! っつーか、俺今日てっきり姉ちゃんはお持ち帰りされるもんだと思ってたんッスよねー」

 あーもう前言撤回! 使えない! それどころかバカ! うちの弟、超バカ!!
 逃げるみたいに部屋に入ったけど所詮はアパート。ダイニングの2人の会話はばっちり聞こえてきた。

「姉ちゃん、自分で浴衣着れるって知ってました?」
「そう言ってたね。今日初めて聞いた」
「聞いて? 聞いて、それでも送ってきたんすか? ちょ、しーんじらんね。浩一さん、ちょっとジェントルマン過ぎでしょ」

 ……会話が気になって着替えらんない! てか私なんでこんな壁に耳アリモードなの!? 自分のうちなのに壁に耳くっつけて、何この不審者全開っぷり。

「いやー、ぶっちゃけそれ聞いた時にはさ、お持ち帰り決定とは思ったんだよね、俺も」

 ――なんですと!?

「ですよねー。やっぱこんな時じゃないと帯くるくるできないし」
「え、そこなの? てか航くんはお代官様体験済み、ぽく聞こえるけど?」
「そこは……ノーコメントで」
「……そうなんだ」

 ――航、マジか!! てかなんの話してんのよ!

 着替えられない。かと言って浴衣のまんまで出ていって止めることもできないし。
 私が独りやきもきしているのをよそに会話は続いている。

「うん……どっか泊まってくかなーとか思ったりはしたんだけどね」

 ――だったら言ってよ、浩一さん!

「あぁ〜れぇ〜っとかも、やっぱしてみたかったし……」

 ――こ、浩一さん!?

「いや、ちょっと頭冷えてさ……あ、明日の朝、浴衣でいるとか、ちょっと帆波ちゃんかわいそうだよなっと気付いちゃって」
「あー、確かにねー。いかにもってカンジっすもんねー」
「でしょ?」
「うん。っつってもまぁ、それっくらいいいんじゃねっとかも、ちょっと思っちゃうけど」
「まぁね。まぁ、そうなんだけどね」

 浩一さんの言葉の後に妙な沈黙。いや、聞こえないだけ? な、何が起こってるのぉ〜???

「やっぱ……大切にしたいじゃない?」
「うーわ、いきなりキタ。惚気ッスか」
「惚気ッスね」
「うわ、正々堂々ッスか! っつーかアレっすよ。浩一さん、過保護過ぎ」
「そう?」
「そうそう。もっとこう、何つーか? アグレッシブにさぁ!!」

 ――何を言っとるんだ!? うちのバカ弟はまったく!!

 冷蔵庫を開ける音。麦茶のお替りかな?
 壁に耳アリモードの体勢をキープしたまま、もそもそと帯をとき始める。衣擦れの音がでかいと会話が聞こえなくなるからゆっくりゆっくり。
 あれ、私なんか変態っぽい? ちょっと変態っぽいよねぇ!? けど放っておいたら航が何言い出すか……いやでも盗み聞きバレるから問い質すどころか何も言えないんだけど。

「てか俺ってそういうイメージなんだ。けっこう好き勝手やってるんだけど……」
「そっすか? 俺にしてみりゃ大人だなーっつか、もうジェントルマン? ジェントル丸山ってカンジっすね」
「いや、それちょっと昭和の売れない芸人っぽい」

 ――バカだ……

「いるいる、いるわ、ジェントル丸山!」
「白いスーツとか着てそうだよね」
「無駄にでけぇ蝶ネクタイとかしてんの」
「髪、七三に分けてそう」
「分けてる! ぜってー分けてる!!」

 ――バ、バカが2人いる……

 何だか気が抜けて、私は壁から離れて部屋の中ほどに座りこんだ。まだ浴衣を脱いだわけじゃないから何となく正座。早く足を崩したくて、私は立ち上がって帯をスルスルと足下に落とした。
 脱いだ浴衣は和装用のハンガーがないから、長いポールに袖を通して部屋の角に吊るす。これ、自分で洗うのかな。クリーニングのがいいのかな。

 それにしてもなんか変な気分。浩一さんと航が喋ってる。あ、いろいろ暴露大会になる前に早く戻った方がいいかな。私がいないってのも変だし……うん、急いで着替えて戻んなくちゃ。
 ドタバタと慌しく着替えて、髪も下ろした。あ、ダメだこりゃ。ずっと上げてたからなんかおかしな頭。高めの位置で結って、お団子みたいに簡単にまとめて鏡でチェック。まぁ許されるだろ、って自分で納得。そのまま部屋を出た。何を話しているんだか、興奮した様子の航の声がする。