「あれ? 姉ちゃん帰ってきたの?」
浩一さんに送ってもらいアパートの前で車を降りた時、ちょうど帰宅したところだったらしい航と鉢合わせた。近寄ってきた航に、車を端に寄せて停めた浩一さんが声をかける。
「こんばんは、航くん」
「あ、こんばんはッス。姉ちゃんがお世話になってます」
全開の窓から身を乗り出している浩一さんの方へ助手席側からまわりこむ。航と私と浩一さん。改めてこう3人で話すのも初めてかもしれない。
「今帰ってきたところ?」
「いや、ちょっと前に帰ってきて……で、炭酸切れでコンビニ行ってきた」
「そっか。あー、あんたも花火行ってたんだよね?」
「行ったよ。姉ちゃん達、橋んとこにいたっしょ」
「いたいた。なんだ、声かけてくれたら良かったのに」
そう言うと航がちらりと浩一さんの方を見た。
「そんな野暮なことするわけないっしょ。ねぇ、浩一さん」
「いやいや、そんな……気を使ってもらって悪かったね」
「気ぃ使うとか、そんなん当然ッスよ。あ、そういやすんませんね。挨拶くらいって思ったのに、俺、お邪魔だったりしてます?」
航はなんだかんだ浩一さんには少し気を使っているらしい。らしいんだけど、かなり普通に会話したりしてる。不思議なヤツだ。
「邪魔とかないよ。俺、そんな風な顔してる?」
「いや、浩一さんはしてないッスけど、姉ちゃんから妙なオーラが出てますね」
その言葉に無意識に私の右手が動いて航のわき腹に手刀が入る。
思わず噴出した浩一さんが楽しそうに笑った。
「あー、うち寄っていきます? 俺が邪魔じゃなければ、ですけど」
「え? いいの?」
「もちろん。気を利かせて出かけるとかしなくて申し訳ないッスね」
「いやいや、それは別に……」
航の言葉を聞いて、驚いたように浩一さんが私の方を見る。咄嗟に私は家の中の状態がどうだったか記憶を辿った。
えーっと……だ、大丈夫。着替えた時に脱いだ服は洗濯カゴに突っ込んだ……ハズ。洗ってない食器もない……たぶん。いや、何か山になってたような気もしないでもないけど……うん、きっと大丈夫。
「帆波ちゃん?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「姉ちゃん、今頭ン中で家の中がどうなってたか思い出してたべ?」
わき腹にもう一発。ぐぁっとかいう変な呻き声。
「なんかどっか散らかってそうだけど……何か目にしてもスルーして下さいね」
「スルーすれば見てもいいの?」
「う……」
楽しそうに笑みを浮かべる浩一さん。
「じゃ、ちょっとお邪魔してっちゃおうかな」
「どうぞどうぞ。暴力姉の実態を見てやって下さい」
そう言うと同時に航がダッシュする。くっそぅ……覚えてろよ、航!
浩一さんはウィンドウを閉め、ミラーを畳むと車から降りてきた。今日は店の軽トラではなく、浩一さんの車。花火の会場から浩一さんの実家である酒屋『マルショウ』まで、荷物を積んだ軽トラで戻ってきた後、最近買ったばかりのその車で送ってもらったのだ。ちょっといろいろいじってあるように見えるがそこいらはよくわからない。ちなみにハイブリッドだそうだ。
「少しなら駐禁とか大丈夫かな」
「たぶん……」
「じゃ、ちょっとだけ寄らせてもらうね」
「はい。どうぞ」
そう言って歩き出そうとした私の手を浩一さんがつかんだ。
「どうかした?」
「するでしょ」
当然、みたいに浩一さんが私を見る。
「なんで?」
「俺、家あがらせてもらうの、初めてよ?」
……ありり?
そ、そういえばそうかもしんない。玄関までってのなら何度かあるけど。
「いや、でも親とかいないからそんな緊張することは……」
「何言ってんの? そんなんなくてもちょっと緊張するでしょ」
「……そういうもの?」
「そりゃそうだよ。それにちょっと……嬉しいよね」
あー、今たぶん私顔赤いわ。暗くて良かった、夜で良かった。
けど照れくさいから浩一さんの手を引っ張るみたいにして先を歩く。背中に感じる浩一さんの視線があったかで余計にムズムズしてきた。
階段を上がり、部屋の前で浩一さんの手を離してドアを開ける。
「ど、どうぞ」
緊張が伝染した私の言葉に浩一さんは嬉しそうに頷くと、促されるまま先に玄関に入った。