ボーカルスクール 9.蒼月楼にて

蒼月楼にて


「スマルの…力の解放ですね?」

 朱雀の方から確認するように声が上がる。
 ユウヒは頷いて、その先を続けた。

「そう。明日の昼間にでも早速お願いしたいんだけど…大丈夫かな? 私にはどんな事をやるんだか、皆目検討もつかないんだけど」
 そう言って窺うように四神の顔を見渡す。

 四人は何かを確認し合うかの様に顔を見合わせ、すぐに青龍が口を開いた。

「わかりました。場所はどうするんです?」

「守護の森でも大丈夫? 昼間なら、その…陰の力とかいうのも、大丈夫なんでしょう?」

 ユウヒは洞穴で以前聞いた話を思い出しながら答えた。
 青龍は頷き、スマルの方を向いて言った。

「問題ありません。スマルの方は、大丈夫なんですか?」
「あ、あぁ。ユウヒでわからないんじゃ俺にはどうすることもできないし、指示してもらえれば言われたとおりにします」
「緊張しすぎだぞ、スマルぅ」
 丁寧な言葉遣いで話すスマルに、頬杖をついた白虎が不満そうに声をかける。
 スマルは敬語を使うなと言われた事を思い出して苦笑した。
「努力はしてるって…な、シロ…」
 シロと呼ばれて満足そうに微笑んだ白虎は、そのまままた口を開いた。

「で? いいの、スマル。力の解放とかしちゃっても…」
「え!? 何かあるんですか?」

 驚いたようにスマルが訊ねると、たしなめるように白虎を一瞥して溜息をついた玄武が、スマルの方を向いて言った。

「何もないですよ。黄龍の涙は、その…いつも身につけて?」
 玄武に聞かれてスマルが頷き、玄武がそれを確認する。
「それを持ったスマルさえいれば解放はできます」
「えぇ〜? 私は行ったらだめなの!?」
「そんな事ないですよ。最低限それだけあれば、という話であって…」
 ユウヒが憤慨して訊くと、青龍が笑いながら言った。

「あぁ、そうだ」

 ユウヒが思い出したように言うと、何ごとかと皆の視線が集まった。

「解放はまぁいいとして…その後は? 力を使いこなすっていうのかな? 何か練習とかそういうのは、しなくていいの?」

 ユウヒの言葉にスマルが大きく頷き、二人は四神からの答えを待った。
 四神は顔を見合わせながら二言三言の言葉を交わし、ユウヒの問いには朱雀が答えた。

「練習というか、あなたの時と同じです、ユウヒ」
「私の、時?」
 朱雀はゆっくりと頷いて先を続けた。
「ただ『自分にはそういう力があるのだという事』を知ればいいのです。難しいでしょうか?」
「ん〜、何だかよくわからんのですが…」
 朱雀の言葉にスマルは頭を抱えた。
 ユウヒは苦笑して、スマルに声をかけた。

「大丈夫だよ、あんた器用だし…コツとかそんなんはどう伝えればいいのかわかんないんだけど、たぶん大丈夫だよ。できるかどうかじゃなくて、自分にはできるんだと思い込むっていうのかな…まぁ、実際にやってみるしかないんだけど」
「すっげ心強い言葉をどうも。俺、初めて不安になってきたよ…」
 スマルが円卓の端に頭を乗せてがっくりとうなだれた。
 白虎はそんなスマルの背中をばしばしと叩いて言った。

「だ〜いじょうぶだって! 考え込むなよ、明日になればきっとひょいひょいっとできちゃうから」
「シロ…簡単に言ってくれるなぁ…」
 情けない声を出すスマルに四神がかわるがわる声をかける。
 スマルは顔をあげて口角をあげただけの頼りない笑顔を見せた。
「まぁ、今から心配しても仕方ないことはわかりました。今日はもう明日に備えて寝かしてもらっちゃっていいッスかね…けっこう飲んだりしたもんで」
 スマルが言うと、一同笑みを浮かべて頷いた。

「そうですね。じゃ、ユウヒ。今日はこのへんで…って、ユウヒ?」

 先ほどまで普通に喋っていたユウヒが、円卓に突っ伏している。
 どうしたのかとユウヒを見つめる面々の耳に、静かな寝息が聞こえてきた。

「え? ユウヒ?」

 青龍が声をかけて、ユウヒの肩を軽く揺すったが、当のユウヒはすっかり熟睡しているようで、まったく起きる気配はなかった。

「さっきまで…話、してましたよね?」

 あっけにとられてつぶやく青龍に、朱雀が戸惑ったように返事をする。

「えぇ。スマルにコツがどうとかって話をして…でも、寝てますねぇ」
「ユウヒもいっぱい飲んだのか?」
 白虎が訊くと、スマルは首を振って否定した。
「一滴も飲んでねぇはずだぞ。でもこいつがいきなり寝るのは今に始まったこっちゃないし…」
「そうなのか!?」
 スマルの言葉に白虎が驚きの声をあげ、他の三人も戸惑った様子で顔を見合わせた。

「え? 何か変な事、俺言いました?」
「…ユウヒはいつも、夜眠れないんですよ」

 小さく上下する背中を見つめて、朱雀が静かに言った。

「いつも眠れなくて、疲れ果てるまで働いたり…もうどうしようもないほどの眠気に襲われるくらいになるまで起きていたり、とにかくいつも眠れないんです」
「へぇ〜…そっちの方が驚きだな。遊んでいる時なら確かに一晩中でも起きてる奴だけど、俺と話してる時は昼間でも突然寝ますよ、こいつ」
 スマルはそう言って立ち上がると、ユウヒの側へ行き、その肩をゆさゆさと大きく揺らした。

「…んー……ぁによ?」
「こんなとこで寝んな。あっち行って寝ろよ、ユウヒ」
「…ん」

 ユウヒはゆらりと立ち上がると、ふらふらとおぼつかない足取りで寝室に姿を消した。

「運んでやらねぇのー? 冷たいねぇスマル」
「んな事するか、めんどくせぇ…」

 冷やかしの言葉に怯むどころか言い返されて、シロはぺろりと舌を出しておどけてみせた。

「眠れないってのは知りませんでした」

 スマルが寝室の扉を閉めて円卓に戻ると、四神達の視線が集まった。

「いろいろ考えてしまうんでしょう。あなたといる時のユウヒはゆったりとしていて…とても気を許しているように見えます。だからでしょうね」
 朱雀に言われてスマルはグッと言葉に詰まったが、どうにか一言だけ吐き出した。

「そりゃ、どうも…」

 一瞬の沈黙の後、玄武が口を開いた。

「どうしますか? スマルも寝るのなら、我々もこれで消えますが…」
 スマルは少しだけ考えて、ふと思いついた事を声に出してみた。

「少し聞いてみたい事があるんですけど、いいですか?」
 四神が黙って頷くと、スマルは気になっている事を正直に口に出してみた。
「俺の前の…その、土使いって方々は、どんな人達だったんですか?」
 玄武の顔が少し曇り、白虎が心配そうにそれを見つめた。
 朱雀と青龍は顔を見合わせて頷くと、スマルに向かって話し始めた。

「皆それぞれ立派にその役目を果たしておられました。中でも、先代の…と言ってももう250年ほど前になりますが、その土使いの方は、不思議なことにあなたと本当にそっくりだったんですよ」

「俺と、ですか?」

 朱雀は頷いて話を続けた。

「ただの昔話だと思って聞いて下さい。眠たくなったら遠慮せず言って下さいね。そしたら続きはまたの機会にしますから…」

 スマルが緊張したように身を強張らせて頷くと、朱雀は静かに微笑んで250年前にこの国であった出来事を、懐かしむように優しい声でゆっくりと話し始めたのだった。