「そういや…前に森であった時、覚えてるか?」
煙草を切子細工の灰皿に置いて、両手で髪を拭きながらスマルはユウヒの返事を待った。
ユウヒが少し考えてから頷くと、それに応えてスマルも頷きまた口を開いた。
「あの時さ、お前、確か空から…って、あぁ、そっか。それは前にシロが言ってた例のあれか…」
何か聞こうとしたスマルが、自分の中で話を完結させてしまって、ぶつぶつと一人つぶやく。
ユウヒは口を挿むきっかけを失って、仕方なくスマルの次の言葉を待った。
そんなユウヒの視線に気付いたのか、スマルはハッと我に返ったかのようにユウヒの方を向いた。
「いや、えっと…あの時さ、お前の髪…白かったよな? でもって俺らは両手で剣を持ってるのに、片手で持ってるお前に押さえ込まれて…剣が上がらなかったんだよ。ありゃなんだ?」
スマルに言われてユウヒもその時の事を思い浮かべた。
妖達と闘うような事態になってもいいようにと、その時白虎の力を借りていたのを思い出して、ユウヒは口を開いた。
「どこまであんたが知ってるのかはわかんないんだけど…あの時、私の中にはびゃっ…シロがいたんだよ」
白虎と言おうとして、慌ててシロと言い直したユウヒをスマルが笑う。
「まぁ…用心に越した事はねぇわな。で?」
「うん。まぁ見てもらうのが一番早いんだけど、融合っていうか何ていうか…あれは私だけの力じゃないんだよね。私の力じゃ、男の人が両手で持ち上げようとしてる剣を片手で押さえるなんて絶対無理…って、答えになってる?」
「なってる。なるほどなぁ、そういう事だったんか。いやさぁ、あん時は本当にびっくりしたんだわ、俺も、キトも」
まだ生乾きの髪を後ろで無造作に束ね、水分を含んで湿った布をスマルはくしゃくしゃと丸めて円卓の上に置いた。
「そっか、ごめんね。ちょうどいいや、こういう話になったんだったら…私の事は追ってでいいから、スマルの話をしよう」
「俺の? 俺の何よ」
「力の解放」
「あぁ…」
守護の森の洞穴でのやり取りを思い出してスマルが頷く。
ユウヒはさらに続けた。
「できる事はどんどんやっておきたいからね。まずはスマルの力の解放から…いざって時に使えないんじゃ困るしね」
話題が変わり、ユウヒの声が少し小さく落とされる。
「だよな。けどよ、そのへん俺にはよくわかんねぇ。そういうのはお前にまかせるわ。俺、言うとおりにするから」
スマルもそれに習ってか、少し小さな声でそれに答えた。
ユウヒはそのまま話を続けた。
「うん…それでさ、明日、また森に行きたいんだよね、昼の、まだ日の高いうちに」
「そっか昼のうちじゃないと…って、お前小屋の方はいいのか?」
ユウヒは問題ないと頷くと、その後少しだけ考え込むような素振りを見せて、意を決したようにスマルを見つめた。
「…? なんだ?」
スマルが不思議そうに訊ねると、ユウヒはさらに声を落として言った。
「皆を…四神を呼びたいんだけど、まずいかな?」
「ここへ?」
「ここへ」
「ん〜…どうだかな」
スマルが煙草をもみ消して灰皿に押しつぶし、首を傾げて考え込む。
「話ができるのがあの人達なら、呼ぶしかないんじゃないのか? もし見つかったら…まぁその時だ、適当にごまかせばいい」
「わかった。じゃ、皆から直接スマルに話をしてもらおう」
ユウヒがそう言って頷くと、円卓越しのユウヒの背後に何者かの気配がした。
「よぉ、スマル!」
最初に姿がはっきりとしたのは白虎で、現れるなり椅子に座り、スマルに声をかけてきた。
他の三人も次々に姿を表し、皆それぞれ椅子に座り円卓を囲んだ。
「スマルさん、お久しぶりです」
「ぁあ、どうもッス…」
「げへへ、スマルまた緊張してんのー」
「おい、白虎。悪いね、スマル。どうもこいつは…」
恐縮するスマルを白虎が冷やかし、それを玄武がたしなめる。
それによってさらに恐縮したスマルが、居心地悪そうに椅子に座りなおした。
「スマルさん、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
青龍に声をかけられて、軽く頭を下げたスマルの笑顔は強張って歪んでいた。
「はいはい、久しぶりの再会の挨拶はそのへんにして。皆、こいつはスマルでいい。さん、なんて付けたら私が誰だかわからなくなる。それからスマル、まだ緊張する?」
「当たり前だ…」
ばつが悪そうにつぶやくスマルにユウヒが笑みを浮かべる。
「…まぁ、仕方ないか。じゃ、本題入るよ」
ユウヒが切り出すと、五人は神妙な面持ちで頷いた。
「どこまでわかってるのか疑問だから、言っちゃうと…新王が即位するらしい。私達の友人なんだけど、まぁそれはそれで仕方がない。国を動かす都合ってもんがあるからね」
さっきまで同じ話で泣きじゃくっていたユウヒの言葉に、スマルは思わず笑みをこぼす。
そんなスマルを不思議そうに眺めながらも、四神達はユウヒの言葉に頷いた。
「でも、私達はこの国をあるべき姿に戻すって決めたからね。それを諦めるつもりは私にはないの。だから、とりあえずできる事から一つずつ片付けていきたいと思ってる…でね、皆にお願いしたい事があるの」