眼下にうねる木々の波が突然途切れた。
剥き出しになった地面が日の光に照らされてぽっかりと浮かび上がって見える。
この大きな守護の森に、このような広く拓けた場所があるという事はあまり知られていない。
スマルは初めて目にするその異様な光景に目を奪われていた。
「ホムラの郷が丸ごと入っちまいそうなでかさだな…」
さきほどまで騎獣の上で眠たそうにユラユラと身体を揺らしていたスマルがぼそりとつぶやく。
ユウヒはその声に気付いてスマルに声をかけた。
「驚いた? 初めて見た時は私も驚いたよ。まぁ、私の場合は森の中にいたから、こうして見たのはそれよりもっと後だったんだけどね」
「そうか…」
冷たい上空の風に吹かれながら、スマルは昨夜の朱雀の話を思い出す。
自分とよく似た顔をしていたという土使い、ヒリュウもこの光景を見たのだろうか?
朱雀によると、ヒリュウの魂は今もユウヒの中に生きているのだと言う。
その事と、自分がヒリュウに似ている事には何かの意味があるのだろうか?
結局、夜が明けるまで全く寝付けなかったスマルは、若干酒の残ったけだるさと闘いながら、ぼんやりと物思いに耽っていた。
「下りるよ!」
不意に大きな声で言われて、ビクッと身体を震わせる。
「俺、ちょっと寝ぼけてたんかな…」
落ちたら間違いなくただではすまない高さを目視してもう一度身震いすると、スマルは前をいくユウヒを追って降下を始めた。
先に地面に下りたユウヒの横にすぅっと着地する。
もう随分雨の降っていない大地からは、騎獣が着地するのと同時に細かい土煙が舞い上がった。
黄土色の煙の中、騎獣を連れたユウヒはスマルに声をかけた。
「騎獣をこっちに!」
スマルは慌てて騎獣から飛び降りると、労うようにその背を数度撫でてから、手綱を持ってユウヒに近付いた。
「ほい、これ」
そう言ってスマルが自分の乗っていた騎獣の手綱をユウヒに渡す。
黙ってそれを受け取ったユウヒは、にこりと笑みを浮かべると、そのまま騎獣達を離れた場所まで連れて行った。
何をしているのかとその姿をスマルが目で追っていると、その騎獣をどこに繋ぐでもなくその場に放置して、ユウヒは何食わぬ顔でスマルの方に戻ってきた。
「お、おい…平気なのか? 繋いでないように見えるけど…」
「あぁ、繋いでないけど…あの子達なら大丈夫。終わるまであそこで待っててくれるように言ってあるから」
その言葉を聞いて、スマルが不思議そうにユウヒに訊ねた。
「言ってあるって?」
「うん、そうだよ。あれ? スマルは知らないんだっけ?」
「何をだよ?」
「あぁ、知らないのか…まぁ、それはまた今度でいいや。すぐに始めなくちゃ…皆! 出てきて!」
「えぇ!? ちょっ…おい……」
戸惑うスマルを余所に、ユウヒは早々に四神を呼び出した。
スマルにとって、明るいうちに四神の姿を目にするのはこれが初めてだった。
陽の光の下でその姿は神々しいまでに輝いて見え、スマルは思わず後ずさる。
――やはりこの方達はこの国を守護する神々なんだ…。
あらためて実感するその存在の大きさに、スマルはごくりと音を立てて息を呑んだ。
そんなスマルの様子を見逃さないのはやはり白虎で、にやにやと笑みを浮かべながら、その白銀の髪を風になびかせてスマルに近付いてきた。
「スマル! お前、今ちょっとびびっただろ!?」
「うぅっ…」
情けないほどに言葉が出てこない。
白虎はそんなスマルに微笑みかけて言った。
「まぁいいや。今日はお前、頑張れよ、スマル。あと、俺達いろいろ力使ったりとかするし、今日ばっかりは名前、別にいいや」
どこか楽しそうに話し続ける白虎の様子を、スマルはただ黙って見つめている。
白虎はそんなスマルに気付いてまたにやりと笑い、すぐ近くに立つと、人差し指を立てて念を押すようにゆっくりと言った。
「だけど敬語は禁止な、スマル」
「えっ!?」
たじろぐスマルを満足そうに見つめると、白虎はまた他の三人とユウヒのところに戻って行った。
スマルがその後を追うように近付くと、朱雀と青龍が心配そうに声をかけてきた。
「おはようございます。あの…大丈夫ですか?」
「すみません。我々も昨晩はどうも調子に乗ってしまって…その、眠れましたか?」
スマルが苦笑しながら首を振ると、朱雀と青龍の二人は申し訳なさそうにユウヒに謝った。
「あの…ユウヒ。昨晩、スマルさんを私達の話に付き合わせてしまって…」
「申し訳ありません」
頭を下げる二人にユウヒは笑みを浮かべて言った。
「気にしないで、こいつは大丈夫でしょ、それくらい。なぁ、スマル!」
「あぁ、問題ない」
「ほら。それとも寝不足だと今日やろうとしてる事に何か問題でもあるの?」
ユウヒがそう言って横にいる青龍をのぞき込むと、青龍は静かに笑いながら答えた。
「いえ、そういうわけではありませんが…騎獣でこちらへ向かっている時も、とても眠たそうにしていましたから…」
ユウヒは呆れた顔でスマルの方を見た。
「あんた、空を駆けながら寝てたの?」
「…少し」
「呆れた! 落ちたらどうすんの!?」
ユウヒはそう言って笑うと、すぐに真顔になって四神の方に向き直った。
「さて、時間は限られてる。さっさと始めよう。場所は…ここでいいの?」
ユウヒの言葉で一同は風で土の舞い上がる広いその土地を隅々まで見つめた。