正体


 その頃、ユウヒの部屋では身の回りの片付けや旅支度をするユウヒの傍らで、銜え煙草のジンが寝台に寝そべって組んだ足をぶらぶらとつまらなそうに動かしていた。

「あんたねぇ…女の部屋で遠慮もなしに寝台に寝っ転がるって、どういう神経してんの?」

 ユウヒが呆れたように言うと、ジンがめんどくさそうに身体を起こした。

「今さらお前に気を使ってもなぁ…それより、どうすんだ?」
「何が?」
 荷造りの手を止めることなくユウヒが聞き返す。
 ジンが苦笑して寝台に腰掛け、煙草の煙をゆっくりと吐き出した。

「俺の方からの連絡ならどうにでもなる。お前から何かあった場合、どうする?」
「連絡方法?」
「あぁ。俺の鳥を貸してやっても良かったんだが…扱い方を教えてやる時間もねぇ。どうする?」

 ジンがユウヒをじっと見つめると、ユウヒは荷造りの手を止めて少し考え込み、ふと思いついてジンの方に顔を向けた。

「一つ誰にも気付かれないで連絡を取れる方法があると言えばあるんだけど…」

「ほぉ…どんな?」

 ジンが興味を持ったらしく身を乗り出すと、ユウヒは躊躇いながらもそれに答えた。

「うん…四神を…」
「四神!? 俺に守護神を使えってか?」

 ジンが怯んだように言うと、ユウヒは苦笑してそのまま続けた。

「だめかな? 彼らなら姿を表さずに言葉を伝えることもできるし、必要であれば人間の姿でも行動できる」
「そりゃそうだが…」
「私の命令だって思えばいいじゃない。ジンからの返事をもらってこいっていう…だめ?」
「いや、他にないならそれでも…」
 ユウヒは怯んだような様子を見せるジンを愉快そうに見て、また荷造りを続けた。

「で、連絡方法はまぁそれでいいとして…ジン、さっきサクが言ってた蒼月以外が王になる何とかっていうの、あれ、何なの? なんか見た方が早いとか…何?」

 ジンの顔が一瞬曇ったのをユウヒは見逃さなかったが、あえて何も言わずに荷造りをしながらジンの返事を待った。
 短くなった煙草を手にジンは立ち上がり、窓の脇にあった枯れかかった花の入った花瓶の中に落とすと、そのまま窓枠に腰を下ろすようにして話し始めた。

「王だなんだっつったって、ただの人間なんだぜ? 嘗められないようにってんで、いろいろえげつねぇ事をやらかすんだよ」
「えげつないって?」

 荷造りを終えたユウヒが荷袋などをすべて寝台の上に乗せ、その横に座った。

「何をやろうっての?」

 ユウヒがさらに問い詰めると、ジンはまたいつかのような無表情になり、口を開いた。

「人間の王の権威とかそういうもんを人間じゃない連中に知らしめるんだよ。王に楯突くとどうなるか、とかな…まぁそんなんだ」
「そんなんだ…って、何それ。全然わかんないじゃない。何が起こるの?」

 ユウヒが焦れてさらにジンを問い詰めると、ジンは苦笑してそれに答えた。

「何が起こるかは俺にもわからんさ。ただ妙な言いがかりをつけて、人間以外の種族がえらい目に合わせられるのには間違いねぇ」
「えらい目って…殺されたりするって言ってるの?」
「殺されるって言ってるんだよ」
「そんなっ!」

 ユウヒが思わず立ち上がり、怒ったように言うと、ジンはそんなユウヒの顔を見上げ、いつになく真剣な声で言った。

「いいか、ユウヒ。その場に俺がいられるかどうかわからんが、早まった真似だけは絶対にするなよ。サクだって、そんなの止めたいに決まってる。でも今もしもお前が蒼月だって名乗り出たとしても、すぐに今の体制が変わるわけでもねぇ、玉座に手に入るわけでもねぇ。これまでの全部をお前の行動一つで台無しにすることだってできるんだ。わかってるな?」

 ユウヒが頷くと、ジンもそれに応えて頷きまた口を開いた。

「どうにかできるだけの力を持ちながら、それを見ていることしかでかいないお前にはかなり辛いことだと思うが…くれぐれも行動には…おい、そんな怖ぇ顔すんな。俺達もどうにか犠牲が出ないように動くから、お前はめったな事をすんなって俺は…」
「…努力はする」
「…わかった。悪いな」

 ユウヒは黙ったまま、ただ首を振った。

「さて、あんまり待たせてもまずい。そろそろ行ってやれよ、ユウヒ」

 まだ何か言いたげに見えるジンの様子を不審に思いながら、ユウヒは荷物に手を伸ばした。、