正体


「じゃ、そういう事でユウヒには今夜からライジ・クジャの宿に来てもらいます。それなりの宿を用意したつもりだが、王の客人に何かあっても困る。念のため、こちらで護衛も付けさせてもらった」

「ほぉ…そりゃまた仕事の速いことで」

 ジンが眉根をあげて冷やかすと、サクが意味ありげにスマルに視線を送った。

「え? なんすか?」

 スマルがサクの視線に捉まって身体を硬直させると、ジンがその様子を見てにやりと笑う。

「へぇ…それはそれは……」
「えぇ。今はホムラ様は宮にいますからね。そちらの方はまず心配はない。ホムラ様の護衛の筆頭をつけたとなれば、新王も安心…だろう?」
「筆頭って…へ? 俺?」
 スマルが間の抜けた声で自分を指差すと、サクが事も無げにゆっくりと頷いた。

「そうですよ。ユウヒとも面識があるし、新王とも…しかもホムラ様の護衛の筆頭ともなればこれ以上の人選はないと思うけど」

「俺ぇっ!?」

 スマルが驚きの声をあげ、事の次第を見守っていたユウヒが愛想笑いを浮かべて、冷やかし半分の返事をした。

「そりゃ心強いですね。ありがとうございます」
「おい、ユウヒ。お前、いいのかよ」
 スマルが言うと、ユウヒが不思議そうにそれに返す。
「え? なにが?」
「なにがってお前…あぁもう…別にもういいわ。何でもいいわ、俺…」

 スマルが何かぶつぶつと独り言をつぶやきながら、椅子の背もたれに身体を預けると、ユウヒは声もなく笑って、ジンに言った。

「ねぇ、ジン。これからの連絡方法とか話したいし、一緒に来て荷造り手伝ってもらえる?」
「ぁあ? なんだよ、めんどくせぇ…仕方がねぇなぁ」

 ジンは憎まれ口を一つ叩いて頷くと、サクの方に向き直った。

「サク、まだ話はあるか?」
「いえ。ユウヒがライジ・クジャの宿に今夜からいけるのであれば、今日はもう他に伝えておくことは何もありません」

 それを聞いてジンが苦笑する。

「…やっぱり最初からそのつもりで来たんだな、サク。まったく、あいかわらず腹が立つほど頭の回転の速ぇやつだよ。嫌になるねぇまったく」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇよ…おい、いくぞユウヒ」
「うん。では、すみません。失礼します…」

 ユウヒは頭を軽く下げると、先に部屋を出たジンの後を追って行った。

「自分はスマルと一緒に外で待ってますんで」

「わかりましたー!」

 サクの言葉に返事をするユウヒの言葉が夜の廊下に小さく響いた。

 あとに残った三人は顔を見合わせると、そそくさと立ち上がる。
 一同そろってその部屋を出て、店内を通り、店の外に出た。

「けっこう、冷えますね…外は」

 そう言ったカロンの言葉が、潮臭い夜の空気に溶け込んでいった。

「あぁ、そうだ。あの…さっき見た方がはやいとか何とか…あれ、いったい何なんです?」

 スマルが唐突にサクに切り出すと、サクは何もかも失念していたかのように驚いた表情をしてスマルの方を見た。

「え? あぁ、それですか。えっと、それを言うよりもまず先に確認しておきたいんだけど、スマル、あなたはその…土使い、なんですよね?」

「…あ? あぁ、そうらしいです」

 スマルが答えると、サクは納得したように頷いてまた言葉を継いだ。

「ですよね。最初に確認する事なのに忘れてました、そうだという確信はあったんですけどね。で、蒼月について何か…知りませんか?」

「…いや、別に。これと言って俺は…」

 スマルが適当に言葉を濁す。

「そうですか。ホムラの祭は無事に終わったと聞いていますが、肝心の蒼月の所在がわからないのではね、何とも…」

 サクはそう言って、悔しそうに顔を歪めた。

「それで、えっとなんでしたっけ…あぁ、見ればわかるって何か、でしたね。人間以外の者達に、王の権威を…もっと言えば、力を思い知らせるって事かな」
「力を? なんかちょっと物騒な響きなんだけど…」

 サクの言葉にスマルが戸惑った様子で返事をする。
 そのスマルの様子を肯定するかのように、サクは頷きながら言った。

「まぁ、そんな感じですよ。見ればわかる…でも口に出して言いたくはない、ってとこか? どうにかしたかったけれど…王が立ってしまった以上、事は動き出してる…もう遅い」

「遅い?」

「お飾りでも王ですからね。それなりの扱いをしなくてはならないし、決定したり撤回したりでは示しがつかない。そんな事にこだわる事自体馬鹿らしいとは思っても、それくらい慎重になってしまう大臣達の気持ちもわからないではない。国自体が大混乱に陥ってしまうようでは困るからね。仕方がない、で済ませられることではないとは思うけど、どうする事もできないんだよ」

 スマルは返す言葉も見つからず、ただ黙り込んでサクの方を見つめていた。

 そんな中、二人のやり取りを聞いていたカロンは、今後の対応を話しているであろうジンとユウヒの事をずっと考えていた。