正体


「さて、王についてはこれくらいにして…」

 場の雰囲気が少し落ち着いたのを見計らって、サクが話を打ち切った。

「ユウヒ、宮には来てもらえると思っていいんですか?」
 話は元に戻され、ユウヒが剣舞の舞い手として宮にあがれるのかどうかという内容に変わる。

「勅命、なんでしょう? こっちに選択の余地はないんじゃないの?」
「宮で舞うのが夢なんでしょう? …あ、あぁ、そうか…宮に入り込むための口実だったって、そういう事なのか…その辺どうなの? ジン」
 サクがジンに話を振ると、ジンはめんどくさそうにユウヒに視線をやり、大きな溜息をついた。
「そんな細かいところまで指示してねぇよ、俺は。ただ好きにしろって言った結果があれだ。次の一手をどう出すか、決めあぐねていたんでな…」

「そうですか…で、ユウヒ。どうするんです?」

 ジンへの質問を早々に切り上げて、サクはまたユウヒに訊いた。

「こっちが選んでもいいなら…とりあえず、少し待ってもらえると嬉しいかな。この店はジンがまた前みたいに一人でどうにかすりゃいいけど、都のさ、見世物小屋の方がね…こっちから売り込んだ手前、すみませんもう来ませんじゃ、義理が立たない」

「またあれやってやりゃいいだろうが、あれ」

 自分を雇うようにと剣で脅した一件を知るジンが冷やかすように言うと、ユウヒはむっとした表情を浮かべて、ジンの座る椅子の座面を下側から勢いよく蹴り上げた。

「余計な事言うな、ジン」

「へぇへぇ…怖い女だねぇ、まったく…」

 にやにやとにやけた顔でつぶやくジンを、横目で睨みつけながらユウヒが口を開いた。

「少し、待ってもらえるよう、シムザに…国王に伝えてもらえますか? できれば全部、ちゃんと片を付けてから…」
「いいですよ。どれくらいかかりますか?」

 サクが問い返すと、ユウヒは腕を組んで考え込んだ。

「わからない。でも遅くてもひと月以内には…」
「そんなに待てませんね、十日が限度でしょう。最初の祝宴と言うのは新国王の即位式です。そんなに伸ばせるくらいなら、王座はまだ空いたままのはずだ」
「阻止できたはずってことか…すごい自信だね、サク」

 呆れたようにユウヒが言うと、サクも吐き出すようにそれに答える。

「できない事は言ってないですよ」
「あぁそう…じゃ、なるべく十日以内にどうにかします。でも片が付かなかったら、ライジ・クジャの町の中で適当に宿でも見つけてそこから通わせてもらう。それでもいい?」

 ユウヒの言葉に、サクは少しだけ考え込むような素振りを見せた。

「…仕方がないですね。じゃ、宮にあがるまでの期限はそれでいいとして…祝宴の準備はもう始まってるんです。連絡を取るのにいちいちここまで出向いてもいられない。さっき、片が付かなかったら、と言ってましたけど、それじゃ遅い。今夜からライジ・クジャに来てもらいます。一言二言の伝言のために、また出直してくるのは時間の無駄だからね」

「えぇっ!? だってこっちは何の準備も…」

 唐突な話にユウヒが驚いて立ち上がり、ジンとカロンが顔を見合わせて苦笑した。
 サクは特に戸惑った様子もなく、淡々と話を続けている。

「あなたも一本の羽根だというなら、祝宴の準備が始まっているという意味がわからないわけではないでしょう?」

「…意味?」

「そう、意味です。わかりませんか?」

「いや…」

 ユウヒにはサクの言いたい事がまるで理解できなかったが、羽根に成りすますと決めた以上知らぬとも言えず、その場は黙るしかなかった。
 ジンはそんなユウヒを見るに見かねて横から口を出した。

「こいつはそんな意味とかは知らんよ。あんまりいじめるな、サク」
「…そうですか。では見てもらいます。この国で蒼月以外の王を立てるということはどういうことなのか、説明するよりもその方が格段に早い」
「おい、サク…」

 苦笑するジンがサクをたしなめようとしたが、サクの言葉は止まらなかった。

「宿ならもうすでに手配済みですから、あとは荷物をまとめてもらえれば…我々はいつでも出発できますから」

 その言葉に今度はスマルが驚いて顔を上げた。

「えぇ!? 今夜からって…あの、来る途中に寄ったあの宿ですか? まさかあの時…」

 スマルの言葉にサクは静かに笑って頷いた。

「なんだ…いろいろ言ってきて、結局全部最初から決まってたってわけか。全部あなたの思惑通りって事ですね、サク」

 少し怒気を含んだユウヒの声に、ジンが横から口を挿む。

「こいつはこういう仕事をするやつって事だ、ユウヒ。まぁ、店は大丈夫だからさ、行ってこいや…」

「まぁ、私の方も、小屋の親父の出方次第なんだけどさ…」

 ユウヒがぼそっとこぼすと、サクはわかりきった事を聞くような顔でその言葉に頷き、そして一言付け加えた。

「興行としての問題であれこれ言われた場合はそちらで頑張ってもらうしかないですが、金銭面の問題で渋られたら、遠慮なく言って下さい。こちらでどうにかできると思いますから」

「…わかった」

 ユウヒは短く答えて、そのまま腕を組んで黙り込んだ。

 サクは何か言いたげな様子で、そんなユウヒを訝しげな眼差しで見つめていたが、すぐにその視線をジンとカロンに戻してまた口を開いた。