正体


「はぁぁぁぁあああ!?」

 大きな声を出して思わず立ち上がったユウヒの方を、ジンが耳を塞いで迷惑そうに振り返る。

「なんだユウヒ! そんな近ぇとこででけぇ声出すな!!」
「だってさぁ、ジン! だって…はぁあ!? シムザが王様だってのか、スマル!」
 呆れたと言わんばかりにユウヒが問い質すと、スマルも苦笑しながらそれに答えた。
「あぁ、そうだ。シムザが…」
「なんでっ!?」
 ユウヒがスマルに向かって噛み付くように問い質す。
 しかし、スマルからの返事はなく、代わりにサクがその間に入り、ユウヒに対して落ち着けと言うように、手で合図して座るよう促した。
 納得のいかない様子でユウヒが椅子にまた腰を下ろすと、サクは静かに話を始めた。

「なんでかって…それは俺から説明しますかね。えっと、まず…」

「おい、ユウヒ。そのシムザってのは、お前らの知り合いなのか?」

 サクが話し始めた途端にジンがそこに割り込んだ。
 不機嫌そうに顔を歪めるサクに気を使って、ユウヒはただ頷いてその問いに答える。
 割り込んできたジンを咎めるように、サクは一つ咳をして、また話を続けた。

「いい? 話を続けるよ? まずこの新王、適任かどうかっていう点では正直、今のこの国の仕組みに合っている人物だと俺は思う。別に道を示さなくてもいい、言い過ぎ覚悟で言わせてもらうなら、お飾りの王としてなら申し分ない王だろうね」
「お飾りですか…」
「…言ってくれる」
 カロンとジンが苦笑して口をはさむ。
 サクは頷き、同じように苦笑した。

「新王は話術が巧みだ。その話す内容に知識の裏付けや深みといったものがあるかはかなり疑問だが、相手が気持ち良く話せるようにうまく煽てたりする技術はすごい。俺なんかは見ているだけでも気分が悪くなるが、大臣達はあれですっかりのせられてしまったんだと思う。どこまでが本心なのかは、実際に話してみても全くわからない。ただ悪知恵を働かせたり妙な企みがあったとしても、あの新王なら見破って追い詰めることくらい造作もないかな、おそらく…ですけどね」

「褒めてねぇよ…仮にも相手は王だろ、サクヤ…」
 ジンが笑いをこらえて顔を歪め小さくつぶやく。
 ユウヒとスマルは顔を見合わせて思わず噴出してしまった。

「どうかしましたか?」

 カロンが不思議そうにユウヒに訊くと、ユウヒは笑いをこらえながらそれに答えた。

「いや…シムザをよく見てるって思ってさ、おかしくてね。サクの言う通り、あいつはそんなにかしこいヤツではないよ、ただ周りから認められたいっていう気持ちはやたらに強い男だね。何かの肩書きだとか、そういうのにも弱くてね。そういうのがあれば自分はすごいんだって思い込める、幸せなヤツさ」

「お前、好き放題言ってるな…リンの気持ちとかも考えろよ。あ、リンというのはこいつの妹で現在のホムラ様です。シムザとリンは、その…」
 スマルが言いよどむと、横からまたユウヒが話し始める。
「恋仲ってのかね、相思相愛ってやつだよ。シムザの事だから、リンがホムラ様に選ばれたから、俺もそれ相応の立場になってリンを守る、とか、リンとつり合うだけの男に、とか、そんな事考えてたんじゃないの?」
 呆れたようにユウヒが言い放つと、スマルが今度は話し始めた。

「おそらくその通りと思っていいんじゃないか? ホムラの郷にいた時から、あいつは…シムザは宮だの都だのって話にはやたら喰いついて来るようなヤツだったんです。で、リンの護衛で宮に来てからというもの、とにかくリンが心配だからとホムラ様のところに通い詰めては、まっすぐ部屋には戻らずに必ずと言っていいほど宮の人達のご機嫌取りをやってた。今思えばどうにか取り入ってやろうって思ってたんだろうけど…俺もキトも最初はやめるように言っていたんだが、あぁも毎度毎度じゃさすがに呆れてなぁ、もう放っておくことにしちまったんです」

 スマルの言葉を汲んで、次に口を開いたのはサクだった。

「やはりそうでしたか…わかりました。確かに、大臣達が気に入りそうな人物ですね、新王は。大臣達が欲しいのは導いていくれる王じゃない、何も意見を持たずに自分達の邪魔をせず、さらにはうまく利用もできる人物だ。ただ、少しやっかいなのは…それらが全部、野望や悪意からの行動ではないってとこでしょうね、新王は何も玉座やそれなりに地位を狙ってそういった事をしていたわけではない、違いますか?」

「まぁ、そうでしょうね」

 スマルがそう言って頷き、今度はまたユウヒが口を開く。

「何か企んでいたとしても、シムザが考える程度の事だ。底は知れてると私は思う。確かに悪意じゃない、あいつはただ自分を認めて欲しいってだけなんだよ。それに大臣達にしたって国を動かしてく上で王座に誰かを早く据えたいって思ってたところにシムザ、ってことなんだろうしね。まぁ多少の保身はあるんだろうけど…」
 ユウヒの言葉にサクが苦々しげに小さくこぼす。

「多少…ねぇ……」

 その言葉が耳に入ったユウヒがサクの顔をまじまじと見つめたが、サクはスッと目を逸らし、語気を強めていった。

「だからと言って、この体制を続けていくのはもう無理がある。もうこの国の仕組からはみ出して切り捨てられてく者達を見るのはうんざりだ…新王には悪いけど、体制は変えさせてもらう、玉座も…その時が来たらおりてもらう」
「悪いけど…だと? 心にもねぇ事を言うな、サク」

 ジンが横から冷やかすように言った。
 それを聞いて、サクも思わず苦笑する。

「やっぱりわかりますか…もうちょっと思慮深く、こちら側に引き込めるような王なら少しは同情もしますけどね。あれじゃただの…」

 サクが言葉尻を濁して話を切り、ユウヒが呆れたように口を挿む。

「馬鹿だ、ってかい? はっきり言う人ですね」

「言ってないでしょう。ちゃんと濁したはずですよ」

 涼しげな顔をしてサクはそう答えた。