正体


「…えっ、翼…ぇ、えぇっ!?」

 サクが驚いて腰を少し椅子から浮かす。

「あなた方が翼…漆黒の…あ、ああぁっ!!」

 いきなり大きな声を出したサクが、何もかも納得したかのような顔をしてその場の面々の顔を見つめる。
 ジンは気分良さそうに上を向き、煙草の煙を天井に向かって吐き出した。
 まだ動揺を隠し切れないサクは、必死に何かに考えを巡らせているようだった。
 ユウヒとスマルが机をはさんだ両側から、顔を見合わせて笑っていると、サクがふぅっと大きな溜息をついて机の上に置かれたジンの煙草に手を伸ばした。

「これ…一本もらいますよ」

 慣れた手つきでそれに火をつけると、サクはおもむろに話を始めた。

「久しぶりにその名前で呼ばれたんでびっくりしましたよ…あ、でもまたこれまで通りサクで…」
「んなこたぁわかってる」

 ジンがめんどくさそうに言うと、サクが苦笑しながら言葉を継いだ。

「…そういうところもあいかわらずだ」

 そう言って首を傾げるように顔を逸らし、ゆっくりと煙を吐き出す。

「やっといろいろ思い出してきましたよ…小さい頃の事も、いろいろと…」

 それを聞いて、カロンも苦笑した。

「やっと思い出しましたか。でも…普通そんなに忘れるもんじゃないですよね?」
「なんか忘れちゃうんだから、仕方がないでしょ。いやぁ、全然覚えてなかったよ、悪かったね」
 謝ってはいるものの、全く反省している様子もないサクに、ジンは諦め顔で言った。
「こいつはそういう奴だよ、カロン。で、話を進めてもらっていいか、サク」
 ジンが先を促すと、サクはちらりとユウヒの方を見てから言った。

「彼女…同席させたままで話しても?」

 一同の視線がユウヒに集まり、唯一その方向を見なかったジンがその問いに答えた。

「こいつは俺が使ってる羽根だ。逆にここにいて話を聞いといてもらわねぇと困る。あとからもう一度同じ話をすんのは面倒だからな」
 予定通りのジンの発言にユウヒがサクの方を向いて軽く頭を下げると、サクは何か言いたげな様子を見せた。

 ――バレた!

 なぜかはわからなかったが、サクの様子を見ていたユウヒはジンの嘘がばれたのだと感じた。
 しかし、なぜかサクはユウヒを一瞥しただけで、何かを思いとどまったように頷き、そのまま何ごともなかったかのようにまた口を開いた。

「そういうことなら、話、続けますよ。いい?」

 ジンとカロンが顔を見合わせてから頷き、スマルも黙って頷いた。
 ただユウヒだけは、少し様子の変わったサクをじっと見ていた。

 ――この人、今ジンが言った事が嘘だって思ったはずなのに…なんでだ?

 自然ユウヒの顔も険しくなってくる。
 だが、その様子を気にするでもなく、サクは話を元に戻して続けようとしていた。

「えーっと、なんだっけ? あぁ、そうだ。王が立った事を、説明しろと言ってたんでしたよね?」

 サクは一旦言葉を切り、一息つくとおもむろに話し始めた。

「一つには、王の不在が長期に渡ることを避けようとしたからという理由。そしてもう一つ、ちょうどいい具合に、どうとでもできそうな人物がすぐ側にいた、ってとこかな。実際、後者の理由の方が大きいかもしれない」

「阻止できなかったのか?」

 不機嫌そうにジンが訊くと、サクも苛立ったように顔を歪めて頷いた。

「そのあたりについて、説明するから」
 サクは手にした煙草の灰を指ではじいて落とすと、懐中から書面を取り出し机の上に広げた。
「まずこれね、出すの忘れてました。ユウヒを宮にっていう勅命。まだ新王自体正式に即位したわけじゃないから、こいつもこんな紙っぺらなんだけど…一応本物だから、見といてもらえると…」

 すぅっとジンの方にその紙を差し出すと、サクは話を始めた。

「じゃ続き、いきますよ? さっき言った一つ目の理由。これはもう説明も何も…対外的に王の不在は良くないですからね、国力が弱まっているととられて侵攻されたり、圧力かけられても面倒だ。で、それなりに動いてはいたんだけどね、俺も」

 サクが言葉を切って煙草を口にする。
 皆が目を通し終わり、手許に戻ってきた先ほどの書面を元のように畳んで懐中にしまうと、サクは煙草をもみ消してまた話し始めた。

「遊んでたつもりはないけど、先を越されちゃってね。本来の形がどうであれ、今、実際にこの国を動かしているのは大臣や役人達だ。その人達が本格的に動き出してしまってはね、秘密裏に動いているこっちはすっかり遅れをとってしまった。いや、誤算だったのは、王として据えるのにちょうどいい人物が宮にいたことなんだけど」

「誰だ、そいつは…俺達が知ってる人間か?」

 ジンが口を挿むと、サクは首を振ってスマルの方をちらりと見た。
 スマルはサクと目が合うと、ばつが悪そうにユウヒの方に視線を送った。
 ユウヒが不思議そうにスマルの方を見ると、サクに促されてスマルが渋々口を開いた。

「いや、ジンさん達はおそらく知らないと思います。ユウヒ、王になったのは俺らのよく知ってるヤツだ…っつうか、シムザなんだ」