メール配信 8.正体

正体


 剣舞が終わり、客が全ていなくなった後、残ったのはジンとユウヒ、宮から来たサクとスマル、それに剣舞の途中で顔を出したカロンの五人だけだった。

 ユウヒは舞の装束を解くために一旦自分の部屋に戻った。
 剣を置き、いつものいでたちで店に戻ると、他の四人はすでに奥の部屋に移動していた。
 用意された酒には手もつけず、二人ずつ向かい合って座っているその部屋で、ユウヒはジンの背後に椅子をずらして腰を下ろした。

 切り出したのはサクの方からだった。

「ユウヒさんに宮に来ていただきたいのです。都でのあなたの舞の評判は宮の中まで届いております。この度、宮中で祝宴が催される運びとなりまして、つきましてはまずその祝いの席での剣舞の奉納をお願いしようと思っています」

 あくまで宮の遣いとしての立場で話すサクの言葉に、裏があるようには感じられないが、同時にサク自身がどう考えているのかという事も感じさせない。
 皆ただ黙ってサクの言葉に耳を傾けている。
 サクの後ろで控えているスマルが、机越しにそれを心配そうに見つめていた。

「そして、その祝宴の後のことなんですが…こちらとしましてはできればユウヒさんに宮にそのまま滞在していただき、これから先執り行われる催事や諸々の儀式、国外からの賓客をもてなす場などでまた剣舞を披露していただければと…もちろん、それなりの待遇をもって迎える用意はしてあります」

 形式的に言葉を吐き出すサクの態度が、どうもジンやカロンは気に入らないらしく、表には出さないまでも、後ろに控えているユウヒには、二人の気持ちが嫌になるほど伝わってきた。
 ユウヒは今の自分は蒼月ではなく、ジンに使われている羽根なのだと自分に言い聞かせ、それらしい返答がないか頭をひねった。

「いかがですか、ユウヒさん。悪い話ではないと思いますが?」

 サクにそう促されて、ユウヒは返事の言葉を探す。

「えっと…まぁ確かに悪い話じゃないけれど…私は今この店で働いてるしね。宮に上がるってなると、ちょっと…ねぇ」

 そう言ってユウヒは言葉を濁す。
 それを汲み取って、ジンが口を開いた。

「こいつは俺が雇ってここで働いてる。確かに悪い話じゃないが…どんな人物かもわからないうちから、ずいぶんと扱いが優遇されてるのが胡散臭ぇ。なんでだ?」
「どういう事ですか?」

 切り返すサクにジンが答える。

「宮にどこの誰ともわからん人間を入れるにしちゃ待遇がえらくいい…今度やる祝宴とやらだって、こいつが何かしでかす危険だって考えられなくもないだろう? なのに…」
「そのような疑念は必要ないでしょう。こちらにはホムラ様がいらっしゃいます。聞くところによると、ユウヒさんはホムラ様の実姉だそうですね。とても仲の良い姉妹だったと伺っております」

 サクの口から滑るように出てきた言葉にユウヒが思わず声を漏らした。

「リンのことを人質みたいに言うな。そんな馬鹿な心配しなくても、私は別に何もしやしない」

 腕を組み、あからさまに不機嫌な態度で吐き出されたユウヒの言葉に、ジンは思わずふき出しそうになり、肩を震わせてそれをこらえた。

 サクはユウヒを見て、軽く頭を下げてから言った。

「それは失礼な事を申しました。もちろんこちらもそのようなつもりはありません。万が一…という話をしたに過ぎませんから、どうか気を悪くしないで下さい」
「いや、あなたの話を聞いていればそれはわかります。わかりますから、こちらを試すような…そういった口の利き方はやめて下さい」

 ユウヒがそう告げると、サクは意外そうに眉を上げ、ユウヒを見たまま苦笑した。

「そうですか…わかりました」

 サクは咳を一つすると、改まった様子でまた口を開いた。

「宮の中には、多額の報酬目当てではないかといろいろ勘繰る輩も多くてね…だがそれもいらぬ心配、どうやらこちらの方々を相手に妙な駆け引きめいたやり取りは必要ないようだ」

 サクの言葉に、ジンを始め一同が納得したように頷き、そして次に来る言葉を思い、無意識にも緊張が走る。
 それを感じ取ってはいたが、サクはかまわずそのまま続けた。

「率直に言いましょう。ユウヒさん、王の命により宮に上がっていただきたくあなたをお迎えにまいりました。悪いようにはしません。一緒に宮へ来て下さい」

「な…っ!?」

 事前に話をする機会がなく、王の存在を初めて耳にしたカロンが思わず声を上げた。

 話の内容に対しての反応が明らかに普通ではない事に、サクが訝しげな表情を浮かべる。
 スマルもサクの様子が変わった事に気付いたが、知ったからと言ってどうする事もできず、ただ後ろに控えて下を向いていた。