「ジン!」
足早に調理場の中に入り、さげてきた皿を洗い桶の水の中にがちゃがちゃと荒っぽく沈めると、ユウヒはジンの方に歩み寄った。
「やっぱり餌に食いついてきたみたい。詳しい事はまだわかんないけど…」
ユウヒが言うと、ジンは煙草を急いでもみ消し口を開いた。
「そうか、わかった。こっちはさっきカロンを呼んでおいた。少し遅れるかも知れんが…あいつもいた方がいいだろう。あー、スマル、だったか?」
「は…はい」
いきなり話しかけられてスマルが驚いたように返事をした。
「サクの用事は、ユウヒの剣舞がらみか?」
「え…っ!? あぁ、はい。そうです」
不意を突かれた質問に、スマルがわけもわからず返事をすると、ジンはそうかと頷いてまたユウヒに言った。
「ユウヒ、さっき言ったようにスマルには状況を説明しろ。店には俺が出る。何かあったら奥の部屋にサクを通すから、話は手短に頼むぞ」
「わかってる。あ、あと…ジン。サクがお酒…」
「もう持ってる! いいから、早く奥にいけ」
「…わかった」
ジンは酒を一瓶と茶碗を持って店の方へいき、スマルはユウヒと共に前回この店に来た時と同様、奥の部屋へと向かった。
あいかわらず酒場には不釣合いな書棚が、スマルとユウヒを迎える。
二人は向かい合って座ると、すぐに各々口を開いた。
「お前、サクのこと知ってんのか…?」
「スマル、これから言うことをよく聞いて」
お互いの声がぶつかって打ち消しあった。
思わず目を合わせて笑みを浮かべると、まずはスマルが口を開いた。
「お前の話の方が長そうだな。俺からまず言わせてくれ。ユウヒ、お前、サクのことを知ってるのか?」
ユウヒは少し考えてからそれに答えた。
「一月ほど前までは、私もチコ婆の話で聞いたから名前だけしか知らなかったんだけど…まぁいいや、それも含めて私の話を聞いて」
「…わかった」
スマルが腕を組み、椅子の背もたれにどかっと寄りかかると、ユウヒはジンから言われた通りにスマルにすべての事情を説明した。
話を聞いているスマルは時々驚いたような様子を見せたが、それでもただ黙ってユウヒの話を静かに聴いていた。
すべて話し終わった時、ユウヒはスマルが妙に落ち着かない様子でいる事に気付いた。
「スマル、どうした?」
握った拳を口許にもってくるのは、心配事があったり考え事があったりする時のスマルの癖だ。
何か自分の説明がわからなかったのかとも思ったが、これと言って難しい話はしていないはずだと思い直り、時間がそうあるとは思えなかったが、ユウヒはスマルの言葉を待つことにした。
沈黙はそう長くは続かず、スマルはすぐに口を開いた。
「口裏合わせりゃいいんだろ? お前がジンさんが使ってる羽根で、ジンさんと、あとから来るカロンさんってのは漆黒の翼ってやつで、サクの指示で動いてるけどサクは二人と面識はあっても自分が使ってるそれとは知らない、だな?」
ユウヒは黙ったまま頷き、スマルはそれを確認してまた話し始めた。
「で、お前の言うとおり、サクは俺が土使いだってのに気付いてる。一度だけ…」
スマルはそう言って、首から提げている飾りを指し示した。
「こいつが黄龍の涙じゃないかって聞かれたことがあるから、まず間違いないと思う。で、今聞いた中で、サクに言っていいのはそれだけなんだな?」
スマルが確認すると、ユウヒはまた頷き、少しだけ言葉を継いだ。
「あとね、こっから先はどうなるかわからないから、ジンの様子を見ながらそれに合わせて欲しいんだよ、できる?」
スマルが苦笑して口を開く。
「できなくてもやれっていうんだろ? まぁ大丈夫だから安心しろ。ただ…こっちもちょっとややこしい事になっててな…」
「ややこしい?」
スマルの言葉にユウヒが眉を顰める。
「どういう事?」
ユウヒに問われ、スマルは一つ伸びをして、大きな溜息をついた。
そしておもむろに机の上に身を乗り出すと、小さく手招きしてユウヒに近付くように促した。
「俺が言うようなこっちゃないんだが、そういう事情ならお前が過剰反応してもまずいしな。だから一応…先に、耳に入れておく」
ユウヒがスマルと同じように机の上に身を乗り出す。
その耳元で囁くように告げられたスマルの言葉に、ユウヒは自分の耳を疑った。
「今日俺らは、王の命でここへ来た」