「思うが…何?」
ユウヒは自分の疑問をそのまま口にした。
「何かまずいことでも起こった、って…そう考えてるんだね?」
ユウヒに顔を覗き込まれて、ジンは苦笑しながら口を開いた。
「まぁね。考えすぎだと思いたいが…。おい、奥の部屋を使っていい。髭の兄ちゃんと話をしろ」
「スマル!」
「あぁ、スマルな、スマル。で、奥の部屋に行ったら俺達が何者か、お互いに何を知っているのか、今どんな状況になっているのか、全部スマルに説明しろ」
「全部?」
念を押すように訊いたユウヒの言葉に、ジンがゆっくりと頷く。
「あぁ、全部だ」
「わかった。ジン、あんたサクには私の事を伏せておくって言ってたよね。スマルに全部伝えて、どうしようっての?」
「まだ憶測でしかないんだが…サクが動いたって事は、それなりの位置にいる人間からの指示があったって事になる。それが誰かってのが問題なんだが、事と次第によっちゃ俺達が…漆黒の翼だってのをサクに明かす事になるかもしれん。あぁ、お前の事はまだ伏せておく、それは変わらねぇからな、ユウヒ。ただ…」
一息おいたジンに、ユウヒが先を促す。
「ただ、何?」
ジンは頷いて、先を続けた。
「ただ、込み入った話になった時に同席できないのは困る。だからお前は俺が使ってる羽根って事にしておく。その事も含めて髭…いや、スマルに伝えておけ。おそらくスマルが土使いってのはサクもわかってるだろう。スマルが黄龍の涙を首から提げてる時点で一目瞭然だからな」
そう一気に説明すると、ジンは煙草を口に銜え、料理をするためにつけていた前掛けをはずし、調理場の隅にある作業台の方に放り投げた。
ユウヒは頷きながらジンの話を聞いていた。
だが、洩れ聞こえてくる店の喧騒に、思い出したように店の方の様子をのぞいた。
「なんか手を上げて呼んでる客がいるよ。店をあんまり放っておくのもまずいんじゃないの?」
そう言われて、ジンも店がまだまだ混み合っている時間だという事を思い出して苦笑する。
「それもそうだ…店は話が済むまで俺が一人でどうにかしとくから、お前はスマルとしっかり口裏を合わせておけ」
確認するように、ジンがユウヒを睨みつけるように見つめた。
ユウヒはゆっくりと頷き返事をした。
「わかった」
「頼んだぞ」
調理場を出ていくユウヒの背中を見つめながら、ジンは頭の中であらゆる事態を想定して考えを巡らせていた。
ユウヒは調理場でのやり取りの深刻さなど微塵も感じさせないいつもの調子で、店の客の相手をしていた。
空いた皿を片付け、その他の客の注文を訊いているその時、背後の席から声がかかった。
「ユウヒ、次こっちいいか?」
――きた…!
耳に馴染んだその声は、幼馴染のスマルのものだった。
ユウヒは料理の追加を注文してきた客に、注文内容を手早く確認すると、その席を離れ、声のした方を振り返った。
「スマル! 来てたんだ!!」
「おぅ! あいかわらず騒がしいな、この店は」
「ま、まぁね。えっと、こちらの方は? 宮の、方かな?」
ユウヒは視線をスマルからその向かい側に座る人物に移す。
「あぁ、はい。サクといいます。はじめまして、ユウヒさん」
サクと名乗った男は、そう言って頭を少し下げた。
「ユウヒでいいですよ。サクさん、今日はどうしました? 宮の方がこんな店まで…」
「私もサクでけっこうです。今日はあなたに用事があってここまで来ました」
「私に!?」
やはりそうか、とユウヒは思ったが、そうとは知られないように少し大げさに驚いたような声を上げた。
「そうだったんですか。あの、えっと…そういう事なら、先にちょっといいですか? こいつにちょっと話があるんだけど…」
そう言ってユウヒはスマルの方にチラリと視線を投げた。
スマルもそれに気付き、どうしたものかとサクの返事を待った。
「いいですよ。ゆっくりどうぞ。こちらの用事も簡単に終わるものではありませんし…」
スマルの顔が一瞬曇ったが、ユウヒはあえてそれに気付かないふりをしてサクの方を見て笑みを浮かべた。
「そうですか。ではそうさせてもらいます。何かあったら呼んで下さいね」
そう言ってユウヒはスマルの足を蹴飛ばした。
「いっってぇぇ! お前…っ、あ、サクさん。じゃ、少しはずします」
「はい。あ、ユウヒさん。何かおいしい酒があったら持ってきてくれると…」
ついでに続いたサクの言葉にユウヒは頷くと、空いた食器をさげながら調理場へと急ぐ。
その後を追って、スマルもわけがわからないまま、とりあえず調理場の方へと急いだ。