歪み


「お前だよ、ユウヒ」

「え…っ?」

 驚いたように目を見開くユウヒに、ジンは言った。

「間違ってるってわかってても、今の国の仕組みのままじゃいつまで経ってもやめられねぇ。だったら仕組みから変えるしかねぇ。王が亡くなった時にサクは思ったんだよ、今動かなかったら、この機会を逃したらもう次は廻ってこねぇ」

 二人のやり取りを、背後からカロンと四神が見守っている。
 その視線を背中に感じながら、ユウヒはジンの言葉をしっかりと受け止めていた。
 ジンはそのユウヒの真摯な態度に安堵しながらも、その表情は感情のない冷たい影を落としたまま、変わることはなかった。

「俺達がまだ小さい頃、世話になった爺さんがな、真の歴史書を管理してる人だったんだ。世間的には変わり者と言われてはいたが、その爺さんはそれらの重要な書物を俺達に見せてくれたし、それを元にこの国の本来あるべき姿を俺達に教え、進むべき道を繰り返し説いてくれた。サクもその爺さんの世話になったうちの一人だ」

 話の内容が少し変わり、ジンの声が少し穏やかになった。
 ユウヒはジンの話に黙って耳を傾けている。
 ジンはそのまま、話を続けた。

「サクは俺達が漆黒の翼だとは知らずに俺達の事を使ってる。だが根っこにあるものは同じ、あいつのやりたい事は聞かなくてもだいたいわかる。あいつはこの国をあるべき姿に戻そうと、爺さんの話と本でしか知らない「神宿りの儀」に賭けたんだ。この国の真の王「蒼月」が現われる事を信じて、ホムラに早馬を送ったんだ」

「あっ! あの早馬が…?」

 ユウヒが小さくつぶやくと、ジンがそれにゆっくりと頷いた。

「今までだって王はいた。お飾りの王だろうが国の頭さえ据えておけば、あとは大臣以下の宮の人間達が今まで通りに国を動かしてく。それで問題ねぇさ、確かに。ただ歪んだままじゃ、もう限界なんだよ、この国も」
「チコ婆様が、サクはおそらく単独で動いたのではないかって言ってたけど…」
 ふいにチコ婆の言葉を思い出したユウヒが口を挟んだ。

 意外そうな顔でジンがユウヒを見ると、ユウヒは困ったような顔でジンの事を見返した。

「あぁ、宮ん中じゃサク以外にこの動きを知ってるもんはいねぇだろうな。だいたい蒼月なんて存在を知ってる者自体、この国にどれだけいるんだか…」
「そうか…」
 ユウヒは炎の中を睨みつけるように見つめた。
「そうのんびりもしてらんないんだね…」
 ぼそっとつぶやいたユウヒの言葉に、ジンが言葉を返した。
「まぁ、そうしてもらえるとな、こっちも助かるってのが正直なとこだけどな。でも一時の感情で動くなよ、ユウヒ」

 ユウヒの視線がまたジンに戻り、ジンはユウヒに向かってまた話を始めた。

「なんせ事がでかすぎる。一時の感情で突っ走って、それで丸く納まるような簡単なもんじゃねぇんだ。そりゃ俺達にしてみりゃこんな埋葬、これで最後になって欲しいってのが本音だが…そんな簡単なもんじゃねぇ」

「大丈夫。それはわかってるつもりだから」
 ユウヒが言った。

「私がやろうとしてる事は、今のこの国のかたちとあまりに違い過ぎる。だから私はジンの店に来たの。今この国がどうなってるのか、少しでも多くの情報が欲しかったから…一発勝負っていうと言い方悪いんだけど、おそらくこんな機会、もう巡ってこないと私も思う。でも…どこからどうしたらいいのか……」

 ユウヒが力なく笑うと、ジンもつられて顔をゆがめた。

「もっと早く話せば良かったって顔だな、ユウヒ。まぁそれは言っても仕方がねぇ、気にすんな。とりあえず、お前のやろうとしてる事と俺達のやろうとしてる事は同じだ。こっから先は何でも一人で片付けようとするな。俺もカロンもいる、それにお前には四神だってついてる。それとあと…あの髭の兄ちゃんだって、こっち側の人間なんだろう?」
「ん? あぁ、スマルか。あいつは今ホムラ護衛の筆頭をやってるから、こっち側の人間って言っても、どれだけ動けるかはわからないよ?」

 ユウヒが言うと、ジンは笑って言った。

「動けるとかそういう事より、あの兄ちゃんの存在が重要なんだよ。あの兄ちゃんがいないと五つの要素が揃わないんだからな…土使いも見つかってて、それがユウヒの友達ってんなら、いざって時にこっち側へ引っ張れる。これは大きいぞ、ユウヒ」

「ふ〜ん…そんなもんかね。あ、サクは?」

「サクについては、蒼月がお前だって事はもうちょっと伏せておこうと思う。国を動かしている宮にサクはいるからな…焦って早まった真似するような事はないだろうが、蒼月がここにいるって事はまだ知らないでいてくれた方がいろいろ動きやすいこともあると思うんでな」

「自分の上に立ってる人間をだますの?」
 ユウヒが呆れ顔でジンに訊いた。

「人聞きの悪い事を言うな。ちょっと情報を伝えるのを遅らせるだけだ…だましちゃいねぇよ」
 そう答えたジンの顔に、またいつもの薄笑いが戻ってきていた。

「あぁ、それがいいよ」

 ユウヒが笑って言うと、ジンが不思議そうにユウヒを見た。

「あんたはその人を小馬鹿にしたような、そのにやけた顔してるのが一番いい」

 背後のカロンが思わず噴出し、肩を震わせ笑っているのを下を向いてどうにかごまかしている。
 四神達も、二人の様子を楽しそうに眺めていた。

「褒めてんだよ、ジン」

「へぇ…そりゃ、どうも……」
 ジンはそう言って、照れくさそうに耳の後ろを掻いた。

 ユウヒは思い出したように四神の方を振り返り、嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

「皆、もういいよ。ありがとう…戻って」

 そう声をかけると四人はそれぞれ頷き、地面に落ちた自分達の影に吸い込まれるように、すぅっと静かにその姿を消した。

 ユウヒは少し心細さを覚えたが、それでも顔を上げ、ジンとカロンを見た。