歪み


 ジンの言ったその言葉に、ユウヒは聞き覚えがあった。
 それはそのまま、朱雀が昨日自分に問いかけてきた言葉と同じだった。
 ユウヒがハッとしたように朱雀の方を振り返ると、朱雀は苦しそうな顔をして頷いた。

「そうか。お前達は知ってたんだね…」

 四神に向かって力なくそう吐き出すと、ユウヒはジンの方に向き直った。

「考えたことなんてないよ。正直、考える必要もなかったしね」
 ユウヒの言葉にジンが苦笑した。
「だろうな。それがまぁ当然だろう。そうだ…お前、これからは言葉をもう少し選べよ」
「どういう事?」
 訝しげな顔で聞き返すユウヒに、ジンは淡々と話を続けた。

「まだお前が蒼月だってのを知る者はほとんどいねぇ。だが、これからおそらく少しずつ増えてくことになるだろう。現に今日俺とカロンがそれを知った。お前の言葉は王の言葉だ、ただの酒場で働く女のそれとは言葉の持つ重みが違う」

 ユウヒは頷き、ジンの言葉に真摯に耳を傾ける。

「さっきのだってそうだ。実際に虐げられている立場の者がさっきのお前の言葉を王の言葉として聞いたらどうだ? この国の王は自分達の事を考えた事もないのだと知った、その者に与える絶望の大きさは説明するまでもねぇ。今はいい。たがこの先その絶望が必ずお前の行く手を阻む。自分の言葉に足下をすくわれる事のないように、もっと考えて言葉を選べ」

「…わかった。気を付ける」
 ユウヒは素直に頷いた。

 それを見たジンは少し照れたような笑みを浮かべたが、その笑みもすぐに消え、悲しそうにも見える視線は炎の中に横たわっている者に注がれた。

「蒼月が立ち、四神と共にこの国を治めてる分にはすべてがまぁうまくいくんだが、今のクジャはそうじゃねぇ。国の仕組みが今の形になったばかりの頃には、それでも人間と人外の者達やその混血、妖達やなんかもうまいことやってたんだ。それが…時が経つにつれて、おそらく国を動かしてやつらの疑心暗鬼だろう。いつか妖達が牙をむくんじゃないか、ってな」

「まぁ人間の力なんてたかが知れてるしね、疑いだしたらキリがないのかも。そうか…誰かがその均衡を、崩しちゃったんだ」

 ユウヒが頷き、ジンがそれに応える。

「推測でしかないが、なんでもいいから安心できる要因が欲しかった、とか…おそらくそんなとこだろう。生贄を差し出すようになった、交換条件ってやつだな。無知な人間の考えそうなことだ。人間を襲う種族なんざ、そう多くはねぇのにな。だが幾度かそれを繰り返すうちに、生贄なんていう嫌な仕組みが完全にこの国の一部に組み込まれちまったわけだ」

 火の爆ぜる音がして、火の粉が暗い森に飛ぶ小さな羽虫のようにふわりと揺れる。
 炎に照らされているジンの顔には、感情のない、冷めきった表情が浮かんでいた。

「一度そんなもん始めたら、そう簡単にやめられるもんじゃねぇ。それにこんなもんがあるせいで、妖ってのは人間とは相容れない者だって認識が完全に定着しちまった。人間とそれ以外って区別する事が、人間に妙な優越感を植え付けてったんだ」

 ジンの視線がまた炎の中に突き刺さる。
 次の言葉を待ってジンの視線を追いかけるユウヒもまた、苦しそうに炎の中を見つめていた。

「最初は…死罪に問われた罪人の処刑みたいなもんだった。だから当然、生贄の中には人間もいた。残酷な方法だが…命を絶つ刑って事には違いねぇからな。だが死罪になるほどの罪人なんて、この国じゃぁそうそう頻繁に出るもんじゃねぇ。そうなると当然、生贄が足りなくなってくるわけだ。で、そうなった時、次に何が起こるかっていうと…」
 ユウヒの反応を見るかのように、ジンの言葉が少し途切れた。
「…何が起こるの?」
 ユウヒがおそるおそる訊いた。

「必要以上に重い罪を科せられる罪人が出てくるんだよ。それも、人以外の罪人に限ってな」
「そんな…」
「その時点ではもう人と人以外ってのは完全に区別されてるしな。誰だって、自分と違う異形の生物で、知能が高いとなれば、得体の知れない恐れを抱くもんだ。おそらく、そんな不公平な裁きですら、定着するのはあっという間だったろうよ」

 絶句したユウヒに、ジンがさらに追い討ちをかける。

「最近じゃ生贄を確保するために、罪の捏造までされてるって噂だ。その犠牲になってるのは人外の者達。おそらくこいつもいつの間にか巻き込まれて…なんで自分がこんな事になったのかわからないまま、ここにこうして横たわっているんだろうよ」
「…みんな、知ってることなのか?」
「ぁん?」

 問い質すユウヒの言葉を、間の抜けた声でジンが聞き返す。
 ユウヒは腹立たしげに語気を荒げて言った。

「少なくとも、ここにいる私以外は全員知ってたわけだよな? 他には? ジン! お前達を使ってるサクは宮の人間なんだろう!? なのになぜこんな状態を放置しているの!!」

 ユウヒの激しい感情が、四神達の心をも抉る。
 朱雀は今にも泣き出しそうな顔をして、他人に詰め寄る自分の主の背中を見つめていた。

「サクは宮でもかなり上の方の位置にいて、その発言力もそれなりのもんらしいが、実際に国を動かしてるのは大臣達だ。当たり前の事だが、サク一人ですべてを動かしてるわけじゃねぇし、命じられたら覆すだけの力はない。ここに生贄を連れてくるのも、大臣からの命を受けた刑の執行人達だ。昔は生贄もそのまま放置されていたようだが、サクが今の位置に立ってからは、俺達がこうやって埋葬だけ行ってる」

「生贄をなくそうとか、そういう動きはないの?」

 不満や怒りをぶつけるかのようにユウヒが問い詰めるが、ジンの口から淡々と吐き出される答えは絶望的なものだ。

「…無理だろうな。悪意をもってやってるわけじゃねぇ。やめられなくなってんだよ、生贄を差し出す事をやめたらどうなるかわからねぇ以上、国をもたせるためには続けるしかねぇ」
「だからってそんな…っ、何か方法はあるだろう!」

 行き場のない感情が、ユウヒにのしかかってくる。
 そんなユウヒに向かって、ジンは静かに言った。

「…あるよ」

 その言葉にすがるようにユウヒは顔を上げた。