「なんだよ…遅れるなとか言っといて」
ユウヒはボソッとこぼして、どんどんと離れていく前方のカロンとジンを目で追っていた。
そして今のやり取りで、自分の行動のその全てが試されているのであり、二人は自分の言動全てから何かを探ろうとしているのだということを嫌が上にもユウヒは感じ取ってしまった。
ユウヒは言われた通りに二人の後をゆっくりと追った。
ジンが指差していたその先には、地面に大きな鉈でも振り下ろして引き裂いたような、大地の裂け目があった。
その大きな裂け目の両側は切り立った崖になっており、その底には暗く、どうなっているのかは守護の森で過ごした事のあるユウヒでも知らなかった。
ただ一つ気になるのは、その場所が、昨夜スマルと別れた後に感じたあの感覚がした方向と一致している事だった。
「あそこは…昨日のと、何か関係があるのかな」
ユウヒの問いかけるような独り言にも、四神の誰一人として答えを返そうとはしなかった。
「…まただんまりか」
ユウヒは溜息をついた。
ふと前方を見ると、暗くなり始めた空に一筋の煙が立ち上っていた。
ジンとカロンが何かを始めたと考えてまず間違いはなさそうだった。
ユウヒは手綱を握り締め、騎乗している妖獣の背をとんとんとやさしく叩いた。
「あそこだよ、わかる? 急いで!」
妖獣は一呼吸おいた後、宙を強く蹴って勢いよく駆け出した。
程なく、目的の場所の上空までたどり着いたユウヒは、騎獣を器用に操り、そのまま墜ちるように地面へと急降下していった。
「おぉ、来たか…」
ユウヒを乗せた妖獣はジンとカロンの目の前に着地した。
ゆっくりと妖獣の背から降りると、そこまで自分を乗せてきた獣を労うようにユウヒは声をかけながらその頭を撫でてやった。
「まるでそいつと話でもできるみてぇだな、ユウヒ」
声をかけてきたジンは、カロンと並び、腕組みをして立っていた。
「騎獣は不慣れなように見えたが…ありゃ嘘だな、お前。あんな着地、慣れないやつが簡単にできるようなもんじゃねぇ。ぁあ?」
ジンはにやにやといつもの薄笑いをその顔に浮かべてはいたが、妙な緊張感がその場に漂っているのは隠し様がなかった。
カロンはジンの横で、ユウヒとジンを交互に見つめて苦笑した。
「何なのこれ? 狼煙ってわけじゃなさそうだけど…」
ユウヒはそう言うと、ジンの方を訝しげに睨みつけ、その視線を煙の上がる空に移した。
するとその時、すぐ横でバチッと火の爆ぜる音がして、ユウヒに撫でられていた妖獣が怯えて身の毛を逆立たせた。
「大丈夫…」
ユウヒはそう言って、その妖獣をジンとカロンが乗ってきたそれの所まで連れていき、その近くにある木に手綱を結びつけた。
空まで伸びていた煙は、目の前で燃え盛っている炎から上がったものだった。
よく見ると、燃やされているものは枯れ枝や枯葉だけではなかった。
ユウヒは炎の中にぼんやりと影となって見えるそれに釘付けになっていた。
「これは…荼毘? 誰か埋葬しているの?」
ジンとカロンからの返事はなく、ユウヒは悔しそうに顔を歪めた。
「あんた達までだんまりか…まったく、勘弁してくれ」
ユウヒは炎に近寄って行った。
何者かが荼毘に付されているのはまず間違いはなさそうだったが、その骨格は人間のそれとは少し異なっているように見えた。
そして何よりも不自然だったのは、ここにジンとカロンの二人が着いてからまだいくらも時が経過していないにも関わらず、炎の中の何者かはすでに骨だけに近い状態だった。
さらに言えば、その骨は折れたり、砕けたりしている部分が何箇所もあり、ただの行き倒れか何かの屍だと考えるのは明らかに無理があった。
ユウヒは呼吸と共に入り込んでくる熱気を避けるように顔をすっと炎から背け、ジンとカロンを睨みつけて問い質した。
「これは誰? なんでこんな所で荼毘に付されてるの? なんでこんなに傷付いてるの?」
二人は険しい顔で、炎の中に横たわる者を見つめていた。
「お前、こわくないのか?」
ジンがユウヒに言ったが、ユウヒはさらに語気を荒げて先ほどの問いを繰り返した。
「質問に答えて、ジン。これはなんだって聞いてるの!」
ジンがカロンをチラッと見る。
カロンが頷くのを確認すると、ジンはユウヒに向かって口を開いた。
「教えてやってもいいが、その前にまず確認だ。お前はそれを聞いてどうする?」
そう言ったジンの顔にいつもの薄笑いはなく、炎に照らされて深刻そうなその表情に、さらに深い影を落としていた。
「ジン、何を知ってる?」
「聞いてるのは俺だ。質問に質問で返すな」
ユウヒの言葉は一蹴され、その場の空気がずしりと重たく沈んでくる。
いったいどこまで話してもいいのか、話すべきなのか、お互いの腹の内を探り合う。
緊張感の中、パチパチという火の爆ぜる音だけが暗い森に響いていた。
「私は…私は、今の私にできる事が知りたい」
ユウヒはそれだけ言って、ジンの反応を伺った。
ジンはやはり、といった様子で苦笑した。
そしてその顔にいつもの薄笑いを浮かべると、ユウヒに向かってまた声をかけた。
「俺の知る限り、お前はただの居候で、よく言ってやってもうちの店の看板、その程度の人間だよなぁ? 今のお前にできる事って、お前いったい何者だ?」
慣れた手つきで煙草に火をつけたジンは、美味そうにその煙をふぅっと吐き出すと、にやにやと笑いながらユウヒの方を見た。
炎に照らされたユウヒの顔がゆがみ、ジンの方を睨みつける。
「わかってるくせに…この狸親父が…」
「さて、どうだかなぁ…俺は別に、何か聞かされたわけでもねぇからな」
愉快そうにユウヒの反応を伺うジンを、横からカロンが呆れ顔で見つめている。
ユウヒは大きな溜息を一つつくと、呆れたようにジンに言った。
「話が進まないね。いいよ、教えてやる。ただし、あんた達が何者かを先に聞かせてもらうよ」
ユウヒがそう言うと、カロンが頷き、まるでその言葉を待っていたかのように、ジンは迷いもせずに口を開いた。
「名乗ってお前がわかるかは知らんぞ…俺達は「漆黒の翼」の者だ。俺はその筆頭をやってる」
「漆黒の…翼?」
訝しげな顔をしてユウヒがジンの方をまっすぐに見つめると、ジンはユウヒが理解に苦しんでいるのに気付いたようで、そのまますぐ説明を始めた。
「わかんねぇか…今はまぁ国の組織も機能してねぇからな、名ばかりの集団と言ってしまえばそれまでなんだが…「漆黒の翼」ってのは、本来であればこの国の王と対を成す存在、朔の直下で、その手足となって働く連中の名前だよ」
ジンはそう言うと、また煙草を口に銜えて、ユウヒの真横まで移動してきた。
「朔、つまり新月の下で動く集団。名前の通り、闇に紛れて…ってやつだ。今は正式な組織として動いているわけじゃないが、それでも俺達を動かしている人物は宮にいる。ただあくまでもそりゃ個人的にやってるってだけで、国の機関として認められてるわけじゃねぇ」
「本来であれば、国王と朔が対を成しているように、その下に存在する四神と漆黒の翼も対を成しているんです。王と朔、四神と漆黒の翼は、この国を動かしていく両翼なんです」
後方からカロンが付け加えたのを、ジンは頷きながら聞いていた。
だが、それを聞いてもなおユウヒの表情は険しいままだった。
「ますます胡散臭いね…この国のそういうのって、今は機能してないんだろう? あんた達を動かしている宮にいるっていう人物は誰なの、ジン?」
ユウヒが横にいるジンに訊ねると、ジンは横目でちらりとユウヒを見てからゆっくりと答えた。
「役職と同じ名前でややっこしいんだが…宮にサクという男がいる。俺達を動かしているのはそのサクという男だ」