[PR] 競馬 4.二つの運命

二つの運命


 四神達は二人のやり取りを、はらはらしながら見守っている。
 スマルは小さく噴出して、また口を開いた。

「それほどの王になれるかどうかもわかんねぇし、そんな事今から心配してどうすんだよ」
「…だって、お前には妹や弟達がいるし……」
 ユウヒが言い訳っぽく言うと、スマルは呆れたようにそれに返した。

「あのなぁ…あいつら残して先にとっとと死んじまうってんなら俺も少しは考えるけど、そうじゃねぇだろ? いいじゃねぇか、あいつらが爺婆になって先に逝っても…って、なんだよ、お前。俺をとっとと葬り去るために、とんでもねぇ王にでもなるつもりか?」
「そ、そんな…っ!」
 ユウヒはまた大きく首を振った。
 その様子を見て、スマルはまた穏やかな笑みを浮かべた。

「だったら妙な心配すんな、俺は別にかまわねぇから。お前も俺が長生きできるように、せいぜい頑張って立派な王様になれや。いいんじゃねぇの? この先ずっと、退屈しないで済みそうじゃねぇか…」
 その先に続けようとした言葉に自分でも驚いて、スマルは思わず下を向いてその言葉をのみ込んだ。

 ――キトが余計な事言うから…あのバカが……

 いつもなら自然と口にできた言葉が、その意味を妙に意識して素直に出てこない。
 スマルは大きな溜息をつき、そしてまた顔を上げた。
 まだ呆然として自分を見つめているユウヒに向かって、スマルは冷やかすような笑いを浮かべて言った。

「まだ、謝るか?」

 ユウヒはハッとしたようにスマルを見た。
 そこには幼い頃から変わらずに、ずっと自分の側で自分の事を一番理解してくれているスマルの視線があった。
 ユウヒは泣き止んだばかりの赤い目をして、照れ隠しににかっと歯を見せて笑って言った。

「もう…謝らない。あの、ありがとう。で、えっと…よろしく、頼む…」
「おぅ」
 スマルの返事を聞いて、四神が嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ユウヒを、蒼月の事をよろしく頼みますね」

 朱雀がそう言うと、その言葉に同意して他の三人も頷いて、スマルの方を見た。

「え? ユウヒを?」

 少しうろたえたように答えるスマルに、白虎が答える。

「そうだよ、スマル。だってさ、俺達にユウヒは、何ていうか…その…そうだ、手に余る! お前はやっぱ扱い慣れてるよな!」
「白虎! お前はまたそういう言い方をして…」
 玄武が向かい側から白虎をたしなめて、その横から青龍がスマルに声をかけた。
「ユウヒには支えてくれる人が必要なんです。スマル、よろしく頼みますよ」
「あ、あぁ…はい……」
 スマルが居心地悪そうに頭を掻きながら返事をすると、四神は嬉しそうにスマルに向かって頭を下げた。

 その事でまた恐縮するスマルに向かって、やっと落ち着きを取り戻したユウヒが声をかけた。

「スマル。お前、この後どうする? 力の解放とか、まだ話していない事とか…」
「あぁ、それなんですが…」

 そう言ったのは玄武だった。

「夜の間はどうしても妖の力が強いので、できれば陽のまだ高い日中の方が良いかと思います。陰の方に力の傾いている夜の間は避けた方が…」
「あぁ、そうなのか。スマルの方はどうなんだ?」

 玄武の言葉を聞いて、ユウヒはスマルに再度訊ねた。
 スマルは少し考え込むと、思い出したように口を開いた。

「明日キト達がホムラに帰る。俺はまだやる事があるから宮に残るんだが…キトが帰ることでホムラ様の、リンの護衛が手薄になる。そのあたりの引継ぎがあるから今夜はもう宮に戻ろうと思う。そっちの方の話がついたら、またお前の店に顔を出すよ。それじゃ遅いか?」

 ユウヒが四神の方に視線を走らせると、四人は問題ないというように首を横に振った。

「かまわないそうだ。じゃ、我々はそれを待つとするよ。スマル、今日はありがとう」
「あぁ、いや。別に…」

 先ほどまでの強気な態度が嘘のように小さくなっているスマルに、四神達から笑いが起こった。

「シロ。こいつをまた送ってもらえる? 姿を見られても面倒だから、店までってなるけど…」
「あぁ、いいよ。スマルもそれでいいか?」
「かまわない。そこからは自力で帰るよ」

 そう答えてシロとスマルが立ち上がって洞穴の外に向かって歩き出すと、それを追うように他の面々も立ち上がった。

 洞穴の外は気持ちの良い月夜だった。
 潮の香りと湿気を含んだ夜風が、髪を揺らして通り抜けていく。

「じゃ、なるべく早く話つけるから。あと…他言無用、なんだよな?」
「…悪いけど、そうして欲しい」
「わかった」

 スマルとユウヒが話している横で、白銀の光を放って白虎が聖獣本来の姿で現われた。

「今度は素直に乗れよな、スマル」
「わかってますって」
 白虎に言われ、スマルは苦笑しながら白虎に遠慮なく騎乗した。

「じゃあ、これで…」

「うん」

 ユウヒの返事を受けて、スマルが頷き、それと同時に白虎の足が地面を強く蹴った。
 白虎の体はまた宙に浮かび、そのまま海の方へと駆け出した。

 心地よい揺れがスマルの眠気を呼び起こしたが、振り落とされないようにスマルは必死に睡魔と闘った。
 来る時と違い白虎の駆ける速さはかなり速く、みるみるうちに洞穴が後ろに遠ざかって行く。

 振り返ったスマルの目に赤い光が飛び込んできて、その直後、洞穴から舞い上がる赤い影を月明かりが照らし出した。

「あれは…」

 スマルが思わず口にすると、白虎は事も無げにそれに答えた。

「朱雀とユウヒだな。何かあったのかもしれない…」
「鳥しか見えなかった気がしたが…」
「あぁ。朱雀とユウヒが融合してるって言ったらわかるか?」
「えぇっ!?」

 スマルが驚きの声を上げると、白虎がおかしそうに声を上げて笑った。

「まだまだ知らない事、いっぱいだぜ? 少しずつ教えていくから、スマルも頑張れよ」
「はぁ…」

 スマルは気のない返事をして、暗闇の中、月明かりを頼りに赤い影を探した。
 だが結局それは二度と見つけられず、気付いた時には風に混ざる潮の香りが一気に強くなってきて、白虎に初めてあった寂れた漁師の小屋がすぐ近くにせまっていた。

 どこか満足そうに体を揺らして宙を駆ける白虎の背で、スマルは押し寄せてくる様々な思いを一つ一つ片付けていった。
 そしてなぜか妙にすっきりとしている自分に気付き、思わず笑いがこみ上げてきた。
 不思議そうにスマルの方に振り返った白虎が地面に降りることを知らせてきた。

 スマルは黙って頷いて、にやけた顔のまま、夜の海をぼんやりと見つめていた。