二つの運命


 なかなか口を開かないユウヒを四神が心配そうに見つめる。
 見るに見かねて白虎が何か声をかけようとユウヒの方へと身を乗り出したが、すぐ隣の朱雀が咄嗟に腕を伸ばしてそれを止めた。

 それでもまだ心配でたまらないといった様子の白虎に対し、、朱雀は念を押すかのようにもう一度首を振り、白虎は悔しそうに唇をかみ締めた。
 朱雀が静かに白虎に言った、

「…気持ちはわかるけど、ここは私達が出る幕ではないよ。こらえて、白虎」

 ユウヒがスマルに伝えようとしている事はわかっている。
 言ってしまえば何と言うことはない事なのかもしれないが、主であるユウヒが伝えるのを迷っている以上、周りの者が簡単に言っていい類のものではない。
 四神はただ黙って、ユウヒが口を開くのを待った。

 ユウヒの方も黙りこくったまま、深刻そうな顔で下を向き何かをしきりに考えている様子だったが、しばらくすると気持ちに整理がついたのか、大きな溜息を一つつくと、すっと顔を上げた。

「私は…」

 視線がユウヒに集中する。
 ユウヒはかまわず話を続けた。

「私は自分が王に、蒼月になって…驚いたし戸惑ったけれど、まぁどうにか自分が踏ん張って立ってりゃ、何とかなってくもんかなってそう考えてたんだよ。これは私の問題だからって、でもね、スマル…」

 ユウヒが一瞬言葉に詰まり、そのままガクッと頭を下げた。

「ごめんね。私は自分の運命にあんたまで巻き込んじゃったよ」
「いや…気にすんな。それにそれはもう聞いた」
 そう答えたスマルに、ユウヒは首を振った。
「スマルに…まだ言っていない事がある。これは、私がどんな王になってくかってのによるけど…蒼月を名乗る王がこの国にとって良い王であればあるほど、その治世が少しでも長く続くようにって王の寿命は延びるらしいんだ」

 ユウヒはまた言葉を切った。
 そのまま顔を上げようともせず、ただ深く息を吸った。
 俯いたままゆっくりと吐き出されるその吐息は小さく震え、それに気付いた四神達が、それまで以上に心配そうな顔をしてユウヒを見つめていた。

 ぽつんと一つ、涙がこぼれた。

 そしてそれは堰を切ったかのようにユウヒの目からあふれ出し、一つ、また一つとユウヒの足を濡らし、またその下の地面に丸い染みを作った。

「あ…」

 慌てた青龍から一言声が漏れ、つられて玄武も戸惑いの声を漏らす。

「…え……っ」

 朱雀も白虎も落ち着かない様子でユウヒとスマルを交互に見ていたが、当のスマルは顔色一つ変えずにただユウヒの方を見つめていた。
 そのスマルの態度が、余計に四神を戸惑わせた。

「ごめ……だ、大丈夫だから」

 ユウヒが小さく言うと、四神がその力のない声にいっそう不安げな表情を浮かべた。
 スマルは苦笑して口を開いた。

「こいつは昔っから、自分の思っている事を言おうとするとこうなるんだ。放っといて大丈夫。最後まで話をさせてやって下さい」

 そう言うと、スマルはまたユウヒに声をかけた。

「ほら、頑張って最後まで言えよ」

 ユウヒは何度も頷いて、腰布の端で涙をぬぐった。
 それでも落ちてくる涙は止まりそうになかったが、ユウヒはかまわずに話を続けた。

「全部私一人の問題だと思ってたから、まさか誰かを巻き込むなんて思わなかったし…それがスマルで…」

 言葉を探し、動揺を抑えながら話すユウヒの言葉を、皆静かに聞いていた。
 ユウヒはもう一度深呼吸をして、落ちる涙を拭いもせずにまた口を開いた。

「スマル。王だけじゃない、お前もなんだよ。王も、それを支える土使いであるスマルも、今までとは違う時間の中を生きていくことになるんだ。不老不死ってわけじゃないけど、老いていくまでの時間は長くなる。周りがどんどん年を重ねていく中で、私達だけが取り残されていくんだよ」

 そこまで一気に話すと、ユウヒはいきなり咳き込んだ。
 それが落ち着くとユウヒはやっと顔を上げ、スマルを見て一言だけ小さく言った。

「…ごめんね」

 そしてそう言ったきりまた下を向くと、ユウヒは声を殺して静かに泣いた。

 四神達は初めて目にするユウヒの姿に戸惑いを隠せない様子だったが、それと同じくらいスマルの反応を気にしていた。

 スマルは困ったような顔をして泣き続けるユウヒを見つめていたが、しばらくすると握り締めた手を口許に当てて、何かをしきりに考え始めた。
 何を見るわけでもなく宙を見つめているが、そのスマルの目には力が感じられた。
 逃げ道を探しているわけではないその男の様子を見て、青龍と玄武は顔を見合わせて安心したように頷きあった。
 それに気付いてか、照れ隠しのつもりか、スマルは緊張をほぐすかのように手を上に上げて大きく伸びをした。
 そしてその腕を下ろすと同時に、ユウヒに向かって話し始めた。

「別に…謝ることはねぇんじゃねぇの? だいたい巻き込んだ巻き込んだって、お前が王になったのなんて、ほんのちょっと前のことだろう? お前の運命を俺が変えたって言うならまだわからんでもないんだけど…そうじゃねぇだろ?」

 しゃくり上げそうになるのを必死に押さえてユウヒが顔を上げる。
 スマルの顔に穏やかな笑みが浮かんだ。

「俺がこうなる運命だったって言うなら、母親の腹から石握って出てきたって、その時点でこの運命は俺のもんだ。お前が王になろうがなるまいがそんな事は関係ねぇ、誰がそうなろうが俺はこうして四神に会うことになってただろうし、そこはお前の気にするとこじゃねぇ」

 あっけに取られたように呆然とするユウヒの視線と、驚いたように釘付けになっている四神の視線を一身に浴びながらも、スマルは話を続けた。

「王に選ばれるなんて事になってびびってんのもわかる。だからって何でもかんでも自分のせいだって思うのはおかしいんじゃねぇか? だいたい寿命の話だって、お前が良い王様ってヤツになったらってことだろ? それともアレか、今からすげぇ王様になってやるって宣言してるつもりか?」

 そう言って皮肉っぽく笑うスマルを見て、ユウヒはハッとしたように赤い顔をして首をぶんぶんと激しく横に振った。