洞穴の入り口の前は、岩がせり出すようになっている。
その部分に白虎は静かに着地して、二、三歩歩くと足を止めた。
足が完全に止まったのを確認したスマルは、白虎の背から飛び降り、白虎はというとまた白銀の光を放ち、今度は人型になって姿を現した。
二人の気配に気付いたのか、赤い髪をした女が洞穴から現われた。
「あ、着きましたか」
そう言うと女は手招きしてスマルに中へ入るよう促し、洞穴の奥に向かって何かを伝えた。
――赤い髪の女…そういえば、朱雀は女だとさっき白虎が言っていたな…
二人目の四神、朱雀を目にしたスマルは、緊張を抑えながらも中へと歩みを進めた。
そこへ後ろから追いついてきた白虎が並んだ。
「硬い硬いぃ、スマル! 大丈夫だって!」
「いやぁ、そうは言っても…」
恐縮しきっているスマルの顔を、白虎が横から覗き込む。
「なんだよもぅ…大丈夫っつってんだろ! ほら、行くぞ!」
「えっ…いや、ちょ…っ!」
白虎に腕をつかまれ、半ば引っ張られるようにスマルは歩いて行った。
そんな二人のやり取りが聞こえているのだろう。
中から笑い声が聞こえる。
洞穴はそんなに深いものではなく、すぐにひらけた場所に出た。
「スマル連れてきたぞー!」
白虎がスマルの腕をつかんだままで得意げに伝えると、その場の視線がスマルに集中した。
――うわ…っ!
一番奥まった、スマルのちょうど正面となる場所にユウヒが座り、その右隣に長い青色の髪をした男、その横には黒髪の男が、そしてユウヒの左隣には朱雀が座っていた。
「まだ名前を言っていませんでしたね。私は朱雀、そこにいるのが青龍と玄武です」
朱雀の言葉に青い髪の青龍と黒髪の玄武が軽く頭を下げて笑みを浮かべる。
スマルも頭を下げようとすると、その途端に白虎が腕を掴んでいた手に力を込めた。
「痛っ! な、何なんですか…」
「あ、わりぃ。お前、また膝ついて礼するんじゃないかと思って」
「もうやんないっすよ…っつか、痛いんですけど…」
わざと顔を歪めて痛そうにするスマルに、白虎が慌てて掴んだ腕を放した。
その様子を見て、奥に座るユウヒが噴出した。
「ふっ…あはははは、お前、やっぱりやったのか、あれ!」
「そりゃそうだろう、四神だし。お前だってやったって、シロから聞いたぞ?」
掴まれていた腕をさすりながら、スマルはその場に腰を下ろして言った。
すでに朱雀とスマルの間に腰を下ろしていた白虎は、スマルの言葉を聞いて慌ててユウヒから目を逸らして言った。
「いや、だってほら。すげぇ緊張してんだもん、スマル。だからさぁ…」
「そう思うんだったらなんで目を逸らしてるんだ、白虎」
不機嫌そうな声で向かい側からそう言ったのは玄武だった。
スマルは思わず白虎を見た。
その視線に応えるように白虎がスマルの方を向く。
「ほーらね?」
玄武はすぐに怒ると言ってた、あの事を言っているのだろう。
スマルと白虎は顔を見合わせて、声を立てずに静かに笑った。
その様子を見て大方のやり取りが想像ついた他の面々も同じようにクスクスと笑っていた。
当の玄武も、この国の守護神である自分達を前に、臆せずその場に座っているスマルを頼もしく思って見つめていた。
予想していたよりも場の雰囲気が穏やかだったことに、ユウヒは少し安心した。
これから言おうとしている事を思うと、みぞおちの辺りがきゅんと傷んだが、ユウヒは迷いを振り払い、とりあえず一つ一つ話をしていこうと腹をくくった。
「スマル、来てくれてありがとう。本当言うと、あんた逃げちゃうんじゃないかと一瞬思ったりしたんだけど…ありがとう」
「いや、別に…」
ユウヒの言葉に穏やかな笑みを浮かべ、嬉しそうに自分を見つめている四神の視線に、スマルはどうしていいものか困り果てて、聞きたいことも、今のユウヒに返す言葉すらも頭から吹き飛んでしまっていた。
そんなスマルの様子を感じ取っているのか、ユウヒはスマルの返答もそこそこに話を続けた。
「さて…時間がもったいないし、いきなりだけど本題にいこうか。まずスマルに確認しておきたいんだけど、あんたが神の遣いってのは間違いなくて、その首飾りについた黄龍の涙の正統な持ち主だっていうのも間違いないんだね?」
ユウヒの言葉にスマルが頷くと、ユウヒもそれに応えるようにゆっくりと頷いた。
他の四人はただ黙って、二人のやり取りを見守っている。
「あぁ、間違いないな」
スマルが声に出して言うとユウヒはもう一度頷き、また口を開いた。
「黄龍の涙の真の所有者は、大地の力を司る土使い。つまりお前だ、スマル。お前は四神と共にこの国の五行の一角、土を司る守護者ってことだ。五行についての説明はいらないんだよね?」
今度はスマルが口を開いた。
「木、火、土、金、水の五つが互いに影響を与え合って、それによってこの世のあらゆるものが変化し、循環するっていうあれだろう?」
ユウヒは頷いて言葉を続けた。
「そう、その五行。この国も、どうやらそんな風に成り立ってるらしくてね。ただ四神だけじゃ足りないんだよ」
「ちょっと待った! いいか?」
一気に話をしてしまおうとするユウヒの言葉を、スマルが遮った。
何事かと一斉に五人の視線が集中し、思わずひるんだスマルが気を取り直して口を開いた。
「そこでなんで俺なんだ? 普通に考えれば四神と王で五人なんだから、そこでどうにかなりそうなもんだろう? なんでわざわざ別の所からただの人間…まぁ、何か力があるらしいけど…あ、そうだよ。なんでその力は王には備わらなかったんだ?」