「驚いたか?」
「あ、はい…」
スマルがごくりと音をたてて息を呑んだ。
「すごいな…」
小さくスマルがこぼした。
「すごいだろ?」
その言うともなしにつぶやいたスマルの声に白虎が返事をする。
スマルは白虎の言葉に頷いた後、しばらく黙ったままで眼下に広がる景色を眺めていた。
しばらくすると気分も少し落ち着いてきたのか、かなり遅れてやっと言葉を返した。
「あぁ、すごい…です。まさか国の守護神に乗って空を飛ぶ日が来るとは思いませんでした」
思い出したように敬語で話すスマルに、白虎が楽しそうに声を上げた。
「いいよ、そんなに気を使わなくってもさ」
「いや、そういうわけには…」
スマルが恐縮して言うと、白虎の声色が少し変わった。
「いいんだって。お前、ユウヒの親友なんだろ?」
「えぇ、まぁ…」
「あいつは俺達の事、友達って言ったぜ?」
その声は、ユウヒに対する親愛の情が籠められているかのように優しく響く。
「ユウヒは俺達を名前で呼ばない。そりゃ時と場合によるけど…俺はシロって呼ばれてんだ」
「シロ、ですか?」
あいかわらず敬語のスマルに、白虎がおかしそうに話す。
「幼名なんだけど…あいつがそうやって呼んでくれるの、俺達はすごく嬉しくってさ」
「あいつはどこまでそんな…」
スマルが呆れたように言うと、白虎がそれを遮って言った。
「友達なんて言ってくれる王は初めてだったから。最初は皆戸惑ってたみたいだけど、でも本当はすごく嬉しかったはずだよ」
「はぁ…」
スマルの気の抜けた相槌すら、白虎は気にせずに言葉を継いだ。
「親友の友達なら、俺とスマルだって友達だろ?」
「そっ、そういうわけには…」
「あぁぁっ、まったく。本当にユウヒの言った通りのヤツだな、スマル。本当にそんな気を使わなくてもいいって!」
「そんな、無理ですって…」
スマルは困り果て、白虎の背の縞模様を見つめて大きな溜息をついた。
「はぁ…四神の他の方々も、皆そんな感じなんですか?」
「え? ん〜、ちょっと違うかなぁ? あ、朱雀は女だよ。玄武と青龍は男。みんな見た目は俺よりも大人だな」
「そうですか…」
「でも大丈夫大丈夫。ユウヒも一緒だし、みんな良いヤツだし…あ、玄武はすぐ怒るけどな」
「怒るんですか?」
「そう。ユウヒに気を使わなさすぎるって、俺はいっつも怒られてんの」
それを聞いて、思わず噴出しそうになったのをスマルがこらえていると、その動揺が体を通して伝わった白虎が嬉しそうに声をかけた。
「そうそう、それでいいの。スマルもさ、俺の事はシロでいいから」
「えぇっ!? それはさすがにちょっと…」
「だめ。命令」
「えぇぇぇ!?」
心底困ったような声を出すスマルに、白虎は愉快そうに体を揺らした。
最初に言われた通り、白虎に騎乗するのは、馬に乗っているのとは比べ物にならないほどに乗り心地が良かった。
おかげで、白虎の嬉しそうな様子が、スマルの方にも伝わってくる。
スマルは白虎に対する緊張感が少しずつ解けていくのを感じていた。
「あぁ、もう。わかりましたよ。じゃ、遠慮なくシロって呼ばせていただきます」
「できれば敬語もやめて欲しいんだけど…」
「…努力はしますよ」
スマルがそう言うと、白虎は少しだけスマルの方に顔を向けて頷いた。
そしてまた前方に向き直ると話を続けた。
「ユウヒから言われてたんだ。お前は絶対に騎乗しようとしないから、命令って言ってやれって」
「え? あいつそんな事を?」
「そう。言った通りだったよな、スマル」
「そりゃ、そうでしょう? あ、それはそうと…」
スマルが切り返して白虎に訊ねた。
「いったい何を話そうって言うんです? 何か、知ってますか?」
「それは…」
スマルの問いに、少し間をおいて白虎が答えた。
「それは…ユウヒから直接聞いた方がいい。俺達から言うことじゃないような気がする」
「そうですか…」
「悪ぃな、スマル」
「いえ、お気になさらず…」
そう言ったきり、二人の間に静寂が降りてきた。
スマルは黙ったままで、白虎の足下に拡がっている景色に目を奪われていた。
いつの間にか眼下は真っ暗な森になっていて、前方には崖のような岩場と、何か灯りのようなものが見えてきた。
スマルがそれに気付いた気配を、感じ取った白虎が口を開いた。
「あそこに皆がいる。俺達はずっとあそこで過ごしていたんだ。あの岩場の先端で風に吹かれながら、ユウヒはよく考え事をしてたよ」
スマルは遠くの灯りを見つめながら、そのユウヒの姿を想像した。
「あいつは…」
スマルが口を開いた。
「ん? 何?」
「あいつは、大丈夫なんですかね?」
「何が?」
白虎が聞き返す。
「ユウヒが王って…今でも何だかピンと来ないっていうか…」
スマルの答えを聞いて、白虎がおかしそうに言った。
「ユウヒもお前も他人の心配ばかりだな。それだけ心配してくれるヤツが近くにいれば平気なんじゃないの? 少なくとも、俺達は大丈夫だって思っているよ。ユウヒも、お前も」
「え、俺? はぁ…そりゃ、どうも……」
スマルが気のない返事をすると、白虎が呆れたように首を振って、宙を勢いよく蹴った。
「ぅわっ…」
体を伸ばし、いきなり速度を上げた白虎に、スマルが驚いてしがみ付く。
白虎は愉快そうに体を揺らした。
「飛ばすなら一言声かけて下さいよ」
「なんかいろいろ悩みだしそうな気配だったからさー、吹き飛ばしてやったのー!」
スマルの言葉は白虎にそう一蹴された。
岩場がだいぶ近くなり洞穴がだんだんはっきりと見えてくると、二人の会話も途絶えた。
スマル自身はそれが緊張のせいだとわかってはいたが、他の四神に会うせいだと白虎に知れると振り落とされそうな気がして、あえて黙っていた。