二つの運命


 さらりと名乗られてスマルがうっと言葉に詰まる。

 上から見下ろすような体勢が気になり、スマルがまたその場に膝をつこうとすると、白虎はまるでそうする事がわかっていたかのようにすばやくスマルの腕をつかんで制止した。

「だからいいって、そんなの! まったく、ユウヒの言った通りだな」
「いや…しかし、自分達は小さい頃から、あなた達は国を護ってくれている神様だと聞いて育ってるわけですから…この国に住む者としてあなた達に敬意を表すのは当然かと…」

 困ったようにスマルが言うと、白虎は腕を掴んでいた手を離して、腹を抱えて笑い出した。

「同じだ、ユウヒと同じだよ、スマル! あいつも同じ事俺らに言ったんだ! あはははは…」

 いきなり国の守護神の一人である白虎に大笑いされ、どうしていいのかわからずにスマルがおろおろしていると、白虎がその様子に気付いて笑うのをやめた。
 笑いすぎて目には涙が浮かび、呼吸も乱れているようだったが、それでも白虎はよく通るしっかりとした声で、スマルに向かって声をかけた。

「スマルは義理堅いヤツだから、おそらく礼を尽そうとしておろおろするだろうから…ってさ、ユウヒが言ってたんだよ」

 何を返していいか言葉を探すスマルに白虎がさらに続ける。

「ここで話してても仕方ないな。何かあれば道々答えるから…えっと、スマルは騎獣に乗ったことはあんのか?」
 スマルが首を横に振り、馬になら…と答えると、白虎は頷き得意げに言った。
「そんなら問題ねぇな、馬よっかよっぽど乗り心地いいしな。眠って振り落とされないようにしてくれよ。俺がユウヒに怒られるんだから…」

 白虎はそう言って、ニカッと楽しげに笑った。
 スマルは周りをきょろきょろと見回し、心配そうに白虎に言った。

「あの…騎獣ってまさか…」
「あぁ、俺だよ。他に誰がいるんだよ?」

 スマルが怯んでサッと身を引く。

「え!? だって…えぇっ!?」
「だってじゃないだろ。それとも何か問題でもあるのか?」
「問題あるでしょう! だって…えぇっ!?」
「だって、何だよ?」
「いや、その…」
「何?」
「えぇっと、その…」
「ん?」
「いや…」
「あぁぁぁぁ、もうっ! 本当にユウヒの言った通りだな。いいの、俺に乗ってくの! 歩いて行く気かよ、皆待ってんのに」
「皆? 待ってるって…どこに連れて行こうって言うんです?」

 スマルがうろたえながら聞き返すと、白虎は腕を組み、溜息混じりに吐き出した。

「ユウヒと、俺以外の四神に決まってんだろ? 自分で会わせろって言っといてあの強気はどこに行っちゃったんだよ、スマル。皆、お前が来るのを守護の森の岩場の洞穴で待ってんだぜ?」
「守護の森!?」
「そうだよ。誰が聞いてるかわかんねぇし…まぁいいや。とにかく行こうよ、スマル」
「え、でも…」
「いいからっ!」

 そう言うと、白虎はその体から白銀の光を放ち、一瞬姿を消したかと思うと、その影だった辺りから今度は獣の姿となって現われた。

「ほら! 乗れよ、スマル」
「喋っ…え? あぁ、でも…」
「あぁもう、命令! 乗れ、スマル!!」

 命令とまで言われ、スマルはおそるおそる白虎に騎乗した。

「しっかり掴まってろよ?」

 白虎はスマルが自分の背に掴まったのを確認すると、足下の地面を軽く蹴った。
 すると白虎の体はふわりと宙に浮き、そのまま空に向かって駆け上がり始めた。

 駆け出すとばかり思っていたスマルは、驚きの余り言葉を失って、初めて目にする眼下の光景に釘付けになっていた。

 視界の中で、自分がいた漁師小屋が見る見るうちに小さくなっていく。
 白虎はそのまま、森に向かって宙を駆け始めた。