[PR] エンゲージリング 4.二つの運命

二つの運命


 どうやらいつの間にか居眠りをしてしまったらしい。
 ふいに誰かに呼ばれたような気がして、スマルは目を覚ました。
 少し酔っているのか、一瞬自分がどこにいるのかわからずにきょろきょろと辺りを見回す。
 肌にまとわりつくような湿った風と、それに乗って運ばれてくる潮の香りで、スマルはそこが港町のはずれにある、もう使われていない寂れた漁師小屋であった事を思い出した。

 スマルはユウヒにここで待つように言われ、その言葉に従い小屋の中で一人、いつ来るとも知れぬ迎えを待っていたのだった。

 もうどれくらい時が経っただろうか?

 もしかすると逃げられたのではないかという疑念を打ち払いながら、スマルは薄暗い小屋の中で、ただじっと黙って座っていた。

 自分が神の遣いであると告げた時から、ずっとユウヒの様子がおかしかった。
 おそらく嘘をつかれてはいない、スマルはそう思っていた。
 だが、まだ自分は何か重要な事を聞かされていない、そんな気がしてならなかった。
 あの店の部屋でいくらユウヒを突いたとしても、自分の聞きたいそれが聞けないと思った。
 だからこそ四神に会わせろとユウヒに願い出たのだ。

 ――早まっただろうか?

 もう何度自分にこの同じ問いを投げかけただろう。
 その度に行き着く答えもやはり同じだった。

 ――いや、これでいい。今日のあいつは変だ…たぶん俺に言いたくない事が何かあるんだ。

 いきなり神の遣いだと言われ、自分が何者なのか、本来の力とは何なのか、わからないまま今日まで過ごしてきた。
 それがユウヒによってやっと明らかになったというのに、また全てをつかむ前に自分の目の前から何かが逃げ去ろうとしている。
 このまま引き下がるわけにはいかない。

 聞かされた自分の運命は想像すらしなかったもので、実際、途方にくれそうなほどだった。
 だがスマルは、詳しい事を何も知らされず、わけもわからずもやもやしている頃に比べれば、現在の状態の方がよっぽどマシだと考えていた。
 だからこそ、迎えが来ると信じて一人、潮臭く薄暗いこの小屋の中でずっと待っているのだ。

 ふいに、打ち付けられた板の壁の隙間から、明るい光が漏れて射し込んできた。
 月明かりとも、篝火とも違うその光に、スマルは吸い寄せられるように小屋の外へ出た。

 波の音が大きくなり、耳の奥へと流れ込んでくる。
 黒い海が月明かりに照らされて、幾筋もの光の欠片がキラキラと散らばるように光っていた。
 頬を撫でる湿った潮風が、スマルの髪を揺らして通り過ぎていく。

 光の主を探し、数歩歩いて辺りを見回すが、それらしい気配は何も見当たらない。
 スマルが首を傾げて考えこんでいると、誰もいなかったはずの背後から声をかけられた。

「お前がスマルか?」

 ハッとして後ろへ飛び退くと、スマルは迷わずに剣を抜いた。
 月明かりに銀色の刃が冷たい光を放つ。
 その剣の向こう側にある何かを睨み付けたスマルは、思わず息を呑んだ。

 明るい月の光の下、白銀の毛並みを輝かせた美しい大きな虎が、まっすぐにスマルの方を向いて立っていた。

 ――こ、これは妖…いや、白虎か?

 スマルは目の前の美しい獣に目を奪われ、その場に立ち尽くしていたが、しばらくして思い出したように慌てて剣を鞘に納めた。
 そしてすっと片膝を立てて座ると、右手を左胸に当てて頭を下げた。

「失礼しました。まさかあなたがいらっしゃるとは…」

 初めて目の当たりにする母国の守護神に対して、敬意を払ったスマルを、先ほどと小屋の中から見たものと同じまばゆい光がパッと包み込んだ。

「やっぱりユウヒの親友だけあるな。まったく同じ事してる」

 笑いを含んだその声は、思っていたよりもかなり若い声だった。
 スマルが驚いて顔を上げると、そこには先ほどの白銀の毛並みを思い起こさせる美しい白い髪を風になびかせた若者が立っていた。
 幻でも見たかのように、片膝をついたまま微動だにせず呆然としているスマルを見て、白髪の若者は笑みを浮かべた。

「そんなのいいよ、やんなくて。驚かせるつもりはなかったんだけどさ…」

 そう言って頭を掻きながら近づいてくる若者に、スマルは戸惑いながらも声をかけた。

「あの…あなたは?」

 瞼の裏に焼きついた光景がなかなか消えずに、スマルはなかなか立ち上がる事ができない。
 それを見越していたかのように若者はスマルに近づくと、その腕を掴んで引っ張り上げるようにしてスマルをその場に立たせた。

「はじめまして、スマル。俺は白虎。ユウヒに言われて迎えに来たよ」