[PR] タクシー 3.神の遣い

神の遣い


「なぁ。四神に会ったら何かわかるとか、ないのか? 次がいつになるかわからん…これから会わせてもらうわけにはいかないのか?」

 あれこれと思いを巡らせているユウヒにスマルがそう訊ねると、ユウヒはとても驚いた様子で顔を上げた。
 その表情を見て、ユウヒが何を考えているか、スマルにはわかってしまった。

 ――ユウヒはどうにかして、自分をこの運命から遠ざけようとしている。

 スマルは腹を決めた。

「場所がマズいなら外に出よう。どこでもいい、俺をこれから皆に会わせてくれ。お前がどうしても言えないってんなら、俺が直接四神に聞く」

 その言葉にユウヒがまた蒼褪めた。

「これから俺を、皆に会わせてくれ」
「わかった…会わせるよ。でも聞きたい事は私に言って。きちんと答えるから」
 ユウヒはそう言って頷くしかなかった。

「…先に外に出てるから」

 スマルはそう言って、茶碗に残っていたもうぬるくなった酒を一息に飲み干した。
 そして部屋を出て調理場にいるジンに二言三言挨拶をすると、そのまままだ客がちらほらと残っている店内を抜け、入ってきた扉から一人外に出て行った。

 一人残されたユウヒが、部屋の中で呆然と立ち尽くしていると、そこへいつもの飄々とした態度で銜え煙草のジンが何食わぬ顔で入ってきた。

「おい、友達待たせんな。ここは俺がやっとくから」
「あぁ…うん……」
 様子のおかしいユウヒを、ジンは鼻で笑った。
「何てぇ面してんだ馬鹿。とにかく早く行ってやれ」

 引き止めてもらいたいような、そんな複雑な気分を抱えたユウヒは、何もかもわかった様子だが止める素振り見せないジンに落胆した。
 そして黙ったまま傍らに置かれた剣を抱えると、ジンにチラッと視線と投げた後、部屋を飛び出して行った。

 ジンは忙しそうに皿などを片付けていた手を止め、部屋を出て行くユウヒの背中を目で追った。
 銜え煙草から揺らぐ煙に目を細めると、その煙草を親指と人差し指でつまんで、ゆっくりと煙を吐き出した。

 店の方から扉が閉まる音が聞こえた。

 ジンはまた煙草を銜えると、無言で皿を片付け始めた。
 そして一通り片付け終えるとその部屋の灯りを落とし、ジンはまだ人が残る店内に出た。

「今日はもうこれで終わりだ。また明日にでも来てくれや」

 ジンの言葉に、残っていた客が思い出したように立ち上がり、一人また一人と店を出て行った。

 やがて誰もいなくなった店の片隅で、ジンはゆっくりと椅子に座った。
 まだ微かに店内に澱む熱気を、涼しい風が外へと運んでいく。
 すっかり静かになった店で一人、ジンは煙草を美味そうに銜え、小難しい顔で何やら考え込んでいた。
 そして取り出した小さな紙に小さな文字で何やら書き留めると、それを小さく畳んで机に置いた。

「一応…やっとくか」

 そうつぶやくと銜え煙草のまま両手で何かの印を切って、畳んだ紙の上に右手を乗せた。
 その手を上げると、何かの模様のような図柄が紙の上に浮かび上がり、そして間もなくそれは跡形もなく消えた。

「これでいいか…」

 そう小さく口の中で言って窓に近づき、煙草を外に投げ捨てると、その指を唇にあててジンは独特な口笛を吹いた。

 しばらくすると灰色の小型の鳥が、ジンのところに舞い降りてきた。
 その鳥は良く馴らされているようで、ジンの手の中でとても静かにされるがままになっている。
 ジンは先ほど呪を施した紙を、鳥の足に取り付けられているとても小さな容器に入れ、しっかりと固定した。

「頼んだぞ」

 そう言ってまたジンが小さく口笛を吹くと、それを合図にしたかのように、灰色の鳥は夜の空へと飛び立っていった。
 ジンはそれが無事に目指す方角へと消えていくのを確認すると、いつものようにまた店の中の片付けを始めた。

 一つ灯りを消すたびに少しずつ暗くなっていく店内は、ジンが片付けをする音以外は何の物音もしなかった。
 静けさを取り戻した店に、夜の帳が下りてくる。
 片付けの手を止めると、騒がしい間には聞こえてこなかった波の音を、湿った風が暗い店内にまで運んできた。
 その音に耳を傾けながら、ジンはまた、新しい煙草に火を着けた。
 片付けが終わり最後の灯りを落とすと、店内に調理場からの灯りが漏れてきた。
 その灯りと月明かりだけが照らす薄暗い店の中に、ジンの煙草の火が赤く光る。

「さて、もう一働きするか…」

 ジンはめんどくさそうに大きく伸びをしながら調理場に戻った。

 遠くの波の音をかき消すかのように、ジンが皿を洗う品のない音が店内に響き始める。
 月明かりを遮るように、何かがかすめて店の床に一瞬だけ影を落としたが、それに気付く者は誰もいなかった。

 いつの間にか調理場からの音も消え、静かになった店内にまた遠くの波の音が響き始めた。
 そして主すらもいなくなった店の中に、じわじわと染み渡り広がっていった。