「スマル? 怖いぞ、顔。どうした?」
ユウヒがおどけたようにスマルの顔を覗き込んで訊ねた。
スマルはばつが悪そうに茶碗を手にして、中身を一気に飲み干し、また手酌で酒を注いでその酒瓶をトンと音を立てて置いた。
「で?」
「へ!?」
スマルが聞き出そうとしている事が何なのかわからず、今度はユウヒが間抜けな声を出した。
「で、って…何よ、スマル」
ユウヒが問い返すと、スマルは机に頬杖をつき、ユウヒをまっすぐに見て言った。
「なんでこんな所にいるんだ? いったい何をしようとしているんだよ!?」
スマルの言葉に、キトも頷き言葉を続けた。
「確かにそうだ。ホムラ様になったリンはもう都にいるんだぜ? 王ってわかってんのに、ユウヒはここで何やってんだよ」
いきなり問い詰められてユウヒはあっけに取られて固まっていたが、二人の視線を浴びたままでゆっくりと立ち上がった。
「話せばすごく長くなる…今日は時間、大丈夫? まずはチコ婆からの手紙を見てもらおうかな」
ユウヒが自分の剣を取りに行くため部屋を出ていこうとすると、キトが慌てて立ち上がった。
「悪ぃ! ごめん、ユウヒ。俺さ、明日ホムラに戻るんだよ。その準備があるからさ、長くなるなら今日は俺、これで帰るわ」
「え? そうなの!?」
拍子抜けしたようにユウヒが言うと、キトが申し訳無さそうに頭を下げて、また口を開いた。
「あぁ、でもこいつは帰らないから大丈夫。スマルはまだこっちでやる事があるらしくってさ。だからこいつ置いていくから、あとはこいつに…」
「え!? 俺も一緒に戻るよ、キト」
焦ったようにスマルも立ち上がり口をはさんだが、キトはそれを両手で制して、スマルの肩を押さえてまた椅子に座らせた。
「お前は残れ、神の遣いだろうが。王の話くらい聞けよ馬鹿者!」
「…なんだって?」
搾り出すようにユウヒがつぶやく。
「今…神の遣いって…言った?」
ぼそぼそとこぼすように話すユウヒに キトが笑いながら言った。
「あぁ、ユウヒは知らなかったか。ほら、見ろよ。スマルの胸の…」
そう言ってキトは愉快そうに、スマルが首から提げている勾玉をポンと指ではじいた。
「こいつ、神の遣いだったんだぜ? 郷を出る時に聞いて驚いたの何の! スマルが神の遣いって…似合わないだろ? あれ? ユウヒ?」
おかしくてたまらないと言った様子で笑っていたキトが真顔に戻り、スマルと二人、ユウヒに釘付けになった。
ユウヒは見てそれとわかるほどに、真っ青な顔をしていた。
「スマルが…神の遣い?」
ユウヒが聞くと、スマルが心配そうにユウヒを見ながら静かに答えた。
「あぁ、そうらしい。俺もよく知らないんだけどな」
「そう…スマルが……そうか…」
ユウヒは青い顔をしたままぶつぶつとつぶやいていたが、思い出したように顔を上げて無理に笑顔を二人に向けた。
「いや、ごめん。びっくりしただけ…」
そう小さく言ったユウヒを、二人は心配そうに見つめていた。
するとキトが残っていた酒を一気にあおって、ユウヒの側まで歩いてきた。
「何かあるんだな? でもごめん。本当に俺戻らなくちゃいけなくて…こんな事なら、もっと早くこの店見つけたら良かったな」
肩に手を置いて申し訳無さそうに顔を覗き込むキトの言葉に、ユウヒは首を振り、気にしないで、と小さくつぶやいた。
奇妙な沈黙が、妙な緊張感を生み出していた。
その重く沈んできた部屋の空気を払拭するかのようにスマルが口を開いた。
「そいつ結婚したんだよ。ニイナと、郷を出る直前に。だからやっぱり郷に帰してやらねぇと…」
いきなりの話題だがその甲斐あって、場の空気がいっきに緩んだ。
キトの顔に朱が入り、ユウヒの顔がパッと明るくなった。
「え!? 何、そうなの? ニイナと?」
「あ、まぁね」
驚くユウヒにキトが照れくさそうに答え、スマルがそんなキトをにやにやと笑いながら見ていた。
「うわぁ、おめでとうキト! 全然知らなかったよ! ね、明日ホムラに帰るんだよね? ニイナによろしく言っておいてね!」
「あぁ、伝えとく。って、スマル! なんでこんな時にいきなり言うんだよ!!」
「だって今言わないとなぁ。お前がいなくなってから伝えても、何も面白い事ないだろうが」
スマルがにやけたままで言い返すと、キトは大げさに怒ったような態度をして、その場にあった布巾をスマルに投げつけた。
ユウヒはそれを見て声を出して笑った。
「そっか。それじゃ仕方ないね。またいつか話す時もあるさ。じゃ、今夜はこれで…」
「あぁ、悪いな、ユウヒ」
そう言ってキトはスマルに手を上げて挨拶をすると部屋を出た。
ユウヒも出口まで送ると言って席をはずし、キトのあとを追った。
一人残されたスマルが、手酌で酒を飲んでいると、ついでに自分の部屋に戻ったユウヒが、自分の剣を手に戻ってきた。
「なぁ、スマル。お前が神の遣いっていうのは本当なの?」
「あぁ。どうやらな」
「そうか…」
ユウヒはスマルと向かい合って座り、鞘から取り出した手紙をスマルに黙って手渡した。
「キトがいないのは、かえって好都合かもしれない。スマル、まずはそれを読んで」
ユウヒに言われて、スマルは黙ってチコ婆からの手紙に目を通し始めた。
そのスマルの様子を机の反対側から見つめるユウヒの手は震えていた。
――スマルが…神の遣い? 本当に?
胃がきりきりと痛むような感覚を覚えながら、ユウヒは静かな部屋の中で、スマルが手紙を読み終えるのを目を瞑ってただじっと待っていた。