「はぁ!?」
突拍子もない話にキトが間の抜けた声を上げたが、ユウヒとスマルの様子を交互に見つめ、それが嘘ではない事を理解した。
「うっそ…そんな事になってたのかよ」
「うん。祭の夜にね、そういう事になったらしい」
ユウヒが答えて、スマルが黙って頷いた。
「なんだよ…なんだよ、それ…スマルも知ってたって、言ったよな? いつからだ?」
「俺は…ユウヒより前だ。こいつの終の舞が終わった後すぐ、チコ婆様から直接聞かされた」
「ユウヒは?」
「私は森で皆と会うちょっと前かな? 剣の鞘のからくりを解いて、中に隠されてたチコ婆からの手紙を読んだんだ」
キトは言葉を失い、そのまま椅子の背もたれにだらりと体を預け、額に手を当ててしばらく呆然としていた。
ユウヒは黙ってキトの次の言葉を待ったが、キトよりも先にスマルの方が口を開いた。
「それよりお前、いいのか? こんな場所でそんな話をしても…」
スマルはジンに聞かれていないかを心配していたが、ユウヒは首を振って返事をした。
「…うん、問題ない…と、思う。と言うかね、これは私の勘なんだけど…たぶんジンはそこいらへんに気付いているような気がしてるんだよね」
「どういうことだ?」
スマルがユウヒに詰め寄った。
ユウヒは苦笑して、一呼吸おくために茶碗の酒を少しだけすすった。
「この店は父さんのお気に入りでね。国の内外の情報がいろいろ集まるからって私が一方的に押しかけたんだけど…あの人は、ジンは私の腕の模様と見た途端に態度を変えたんだよ。刺青のような模様がある見ず知らずの女だよ? これに何か意味がある事を知っているとしか思えない」
ユウヒはそう言って羽織っていた衣の腕を片方だけ抜いた。
肩から上腕が露わになったが、そこには何も模様などなかった。
「あれ?」
以前、郷でユウヒの腕を見ているスマルが不思議そうに首を傾げると、ユウヒは笑って腕をぐいっと前に出して机の上に肘を乗せた。
「見てて」
そう言って、ユウヒは自分の中の四神達に呼びかけた。
――皆、聞こえた? 腕の痣を二人に見せたいの。
――…わかった!
返事をしたのは白虎だろうか?
その返事が自分の内側から聞こえた途端、血が沸くような不思議な感覚がして、肩から上腕、肘に掛けて青い炎のような模様が突如ぶわっと浮き上がった。
「うわ…」
キトもスマルも、浮き出た模様に釘付けになった。
――ありがとう。もういいよ。
ユウヒが礼を言うと、まるで何もなかったかのように痣のような模様はすぅっと吸い込まれるように消えてしまった。
「消えた…」
スマルがつぶやき、キトは絶句していた。
「うん。ここで働かせてくれって私が言った時、たぶんジンは断ろうとしてたと思うんだよ。でもこれを目にした途端に態度を変えた。私が今ここでこうしていられるのは、たぶんこいつのおかげ」
ユウヒはそう言って衣を元に戻すと、まるで世間話をしているかのような態度でまた料理を皿に取り、それを食べながら話を続けた。
「まぁ私もジンに確かめたわけじゃないんだけどね。でも私達をこの部屋に通したりするあたり、やっぱりわかってんだろうって思うんだよね」
「だよね…って、大丈夫なのかよ?」
「ん〜、たぶんね。まぁ胡散臭いのはお互い様だからね、私もジンも」
心配そうに言うキトにユウヒは問題ないと笑った。
それでも眉間の皺の消えない二人に、ユウヒは大げさに料理を勧めた。
「料理が冷めるじゃない! 食べなさいよ、ジンの料理はおいしいんだから」
「食えって…お前、そんなすげぇ事聞かされて平気で食えるかよ」
キトが情けない声をあげて、それでも料理を自分の皿に取り始めた。
だがスマルは難しい顔をしたまま、茶碗の中の飲みかけの酒を睨むように見つめていた。