告白


 案内された奥の部屋は、思った以上に静かで落ち着ける場所だった。

 壁には大きな地図が、飾るというにはあまりに素っ気無く無造作に掛けられている。
 酒場という場所にはおよそ不似合いな立派な書棚も備えてあり、その中には小難しそうな書物や古びた巻物などがぎっしりと並んでいた。

「どうぞ、入って…」

 運んだ料理を机の上に手早く並べて、ユウヒはキトとスマルに椅子に座るようにと促した。
 ユウヒと向かい合わせになるようにキトとスマルが並んで腰を下ろすと、ユウヒは二人の前に先ほどよりも少し見栄えのする茶碗を一つずつ置き、そして調理場の方へと姿を消した。

 しばらくして戻ってきたユウヒの手には、茶碗と同じ柄の酒瓶が三本あった。
 流水か何かで冷やしてあったのか、どの瓶の周りにも水滴がついている。
 それを机の端に畳んで置いてあった布巾でささっと拭くと、キトとスマルの前に一本ずつ置き、残りの一本を手にしたユウヒは嬉しそうに二人の茶碗に酒を注いだ。

 そしてやっと腰を下ろして自分の茶碗に少しだけ酒を注ぐと、ふぅっと一息ついて目の前の二人の顔を交互に見つめた。

「はぁ、やっと落ち着いた」

 吐き出すように言ったユウヒにキトが声をかける。
「おい…良かったのか? こんな所に通してもらっちゃって」
「え? あぁ、いいのいいの」
 ユウヒが事も無げに答えると、スマルが茶碗を持っていった。
「とりあえず乾杯だ。うまい酒を目の前にしていつまでもお預けじゃたまらん」
「まったくだ」
「それもそうだね」
 キトが頷いて、ユウヒも続いた。
 三人は手にした茶碗を掲げると、コツンと音を立てて茶碗同士を合わせ、そのまま一息に茶碗の中の酒を飲み干した。

 今度の酒はもっと喉越しが軽くすっきりとした味わいのものだった。
 先ほどの酒のように濃厚ではないが、軽めに仕上がっている分、料理の味の邪魔をしない。
 食事をしながら飲むであろう三人のために、ジンが選んで冷やしておいてくれた酒だった。

「二杯目からは手酌でね。私は食事を取らせてもらうよ。あんた達も食べてごらん! ジンの料理は本当においしいんだから」

 そう言ってユウヒは自分の皿に料理を少しずつ取っては口に運んだ。
 キトとスマルも遠慮する様子など見せず、ジンの料理を肴に、酒を美味そうに飲んでいた。

「不思議な人だな、ジンさん、だっけ?」

 手酌で茶碗に酒を注ぎながらスマルが言うと、ユウヒが口の中にあった料理を酒で流し込んで飲み込み、少しむせたように口を開いた。

「あぁ、そうだね。たぶんこっちがいろいろワケありなの、わかってんだと思う」
「え? どういう事?」

 キトが聞き返し、その横のスマルの表情がピクリと固まった。
 二人の反応を見比べて、ユウヒは何かを少し考え込むような態度を一瞬見せた。
 そして自分の茶碗に酒を注ぐと、ごくりと音を立てて一口飲んで、意を決したように口を開いた。

「やっぱ三人で話をしてるのに、事情をわかってるのが二人だけってのは良くないな。キトにも聞いておいてもらおう」

「え!?」

 スマルが驚いた表情でユウヒの方を向いたが、ユウヒはただ黙って頷いてまっすぐにキトを見つめていた。

「おい、ユウヒ。いいのか、そんな…」
 怯んだようにユウヒを止めようとするスマルの言葉をユウヒが遮った。
「いいさ。いずれわかる事だし、だいたい話の進めようがない」
「そりゃそうだけど…」
「いいんだよ、スマル」
 ユウヒがまた一口、酒を口に運んで、今度は静かに喉の奥へ流し込んだ。

「キト、これから話す事はここだけの話ってことで頼めるかな?」

 いきなり話を振られ、キトは二人のそのただならぬ様子に茶碗の酒を一気に飲み干した。

「いいけど…聞いてマズいことだったら、俺は別に一人知らなくってもかまわないぜ?」
 探るようにユウヒの目をキトが見つめる。
 ユウヒに迷っているような様子は微塵もなかった。

「いや、知っておいてくれた方がいいっていうか…一人で背負っておくには重たくてね。そりゃ言わない方がいい事なのかもしれないけど、でも二人には私の口から直接言っておきたい気がするんだよ」

 ユウヒの言葉にキトは頷き、スマルも諦めたようにゆったりと座りなおした。

「スマルはもうチコ婆様から聞いて知ってるみたいだけど…あのね、その私は…どうやら私はこの国の王様、らしいんだよ」