告白


 店内はあいかわらず賑やかだった。
 この賑やかな店の中では、どうやら何かを話そうとすると自然声が大きくなるらしい。
 それに気付いてキトとスマルが苦笑しながらも話をしていると、酒の瓶一本と茶碗二つを持ったユウヒが早々にやってきた。

「いらっしゃい! 二人ともゆっくりしてって。ある程度片付いたら、私もこっちに顔出すから」
「あぁ、わかった。まぁ俺達の事は気にしないでいいからさ。きっちり働けや」
 スマルがそう言い、キトが黙って頷くと、ユウヒは笑ってその席から離れた。

 見慣れない二人連れの男達と親しげに話すユウヒを不思議に思い、常連客があちこちでユウヒに声をかけている。
 ユウヒはその都度空いた皿を片付けながらも、客の質問には丁寧に受け答えをしていた。
「へぇ〜、たいしたもんだ」
 キトがそう言いながらスマルの茶碗に酒を注ぐと、店内のユウヒから視線を戻したスマルが酒瓶をキトから受け取りキトの茶碗に注いだ。

 酒の注がれた茶碗を軽く持ち上げて、お互いを労うと、キトもスマルも美味そうに酒を口にした。
 何かの果物から作られたようなその酒は、薄く澄んだ色とは裏腹にかなり濃厚な味だった。
 ごくりと音を立てて飲み込んだ後も喉元には熱いような余韻が残り、香りは鼻腔の奥に広がっていつまでも消えなかった。
「うまいな、これ」
「あぁ」
 二人はユウヒの選んだ酒が気に入ったようで、久々に会ったユウヒの様子を見ては言葉を交わしながらも、酒を飲む手が止まることはない。
 瓶の中の酒はあっという間になくなってしまった。
 茶碗に注がれた残りの酒を、二人はもったいぶるように少しずつ口に運んでは、店内を動き回るユウヒのあいかわらずの様子を目で追っていた。

 そうこうしているうちに、ついに茶碗の方も空になってしまい、酒の追加を頼もうとユウヒを呼ぼうとした時だった。

「お待たせ。もう今日は仕事上がっていいって。店の方はジンが一人でどうにかしてくれるってさ」
 ユウヒの方から二人の座る壁際の席に近寄り声をかけてきた。

 キトが横にずれて、ユウヒの座る場所を空けようとすると、ユウヒはそれを手で制して言った。
「奥に部屋があるんだ。ジンがそっちを使えって」
 キトとスマルは不思議そうに顔を見合わせた。
 ユウヒの友人とはいえ、初めて店を訪れた客に対しての待遇ではないと思えたからだった。

 そんな二人の様子を見て、ユウヒは苦笑しながら言った。
「ここじゃ、ほら。何を話すにも怒鳴らないと声が通らないだろ? だからジンが気を回してくれたんだよ」
 まだ納得しきらない二人をよそに、ユウヒは慣れた様子で空になった茶碗を重ねて持ち、もう一方の手で空の酒瓶を持った。

「ついてきて。案内するよ」

 ユウヒはそう言って二人の前を歩き、時々空いている皿や茶碗を見つけては、それを器用に積み重ねて持った。
 持ちきれなくなってくると、さも当然と言ったように後ろに歩くキトとスマルにそれを持たせて、その様子を見た店の常連客から、二人に冷やかしと同情の声があちこちからかけられた。

「ユウヒ。俺達って客だよな?」
 キトが笑いながらユウヒの背後から声をかけると、ユウヒも笑いながらそれに答えた。
「あぁ、客だよ。そりゃもう特別待遇の客だよ、間違いない」
 それを聞いた周りの客が手を叩きながら声を上げて笑っていた。

 騒がしい店内を抜け、背の低い扉を蹴飛ばしてユウヒが調理場に入ると、ジンが銜え煙草でいくつかの料理を作っていた。

 ユウヒが洗い場の桶にさげてきた皿や茶碗を丁寧に浸けると、キトとスマルもそれにならって手にしている皿や茶碗を桶の水に浸ける。
 それを見たジンが思わず噴出して声をかけてきた。

「ユウヒ。お前、客を使うなよ」
「私の手があと数本多けりゃこんなヤツら使わないんだけどね」
 悪びれもせずにユウヒがそう言うと、ジンは眉尻をピクッと上げてキトとスマルを交互に見た。
「お前さん達も、こんなのとまぁ子どもの頃から…苦労するなぁ」
 心底気の毒そうなジンの声に、キトとスマルは首を振って否定しながらも、たまらず噴出してしまった。

 そんな二人を何か言いたげに睨みつけるユウヒを、ジンは目を細めて眺めていたが、ふいに思い出したように元いた場所に戻り、作りかけの料理をささっと手早く仕上げ、すぐ横に置いてあった皿に無造作に盛り付けた。

「ほら、これ全部お前さん達の分だ。ユウヒの奢りだそうだから遠慮せずにどんどん食えよ? 酒もユウヒに言えば持っていかせるから。ゆっくりしてってくれ」
 ジンはそう言って洗い場の方に行くと、近くに置いてあった砂の入った瓶に煙草を押し付けて、めんどくさそうに皿を洗い始めた。

 その背中をぼんやりと眺めているキトとスマルの横で、ユウヒはジンの作ってくれた料理を奥の部屋に運び始め、何もしないで立っている二人の腹を肘で勢いよく突いた。

 にやりと笑うユウヒの事を、痛そうに腹をさすりながら無言で責め、わかったからとあきらめた様子でキトとスマルも料理を持って奥の部屋に移動した。