札幌 家 買取 12.静かな決意

静かな決意


「ユウヒ…!」

 カロンが思わずその名を口にして腰を上げた。
 ジンが煙草をもみ消して駆け寄り、スマルの反対側からユウヒを支える。

「ありがと、ジン…」
「…いや」

 いつもの薄笑いでジンが答えると、ユウヒも微かに笑みを浮かべた。

 ユウヒを座らせ、スマル、ジンもそれぞれ椅子に座ると、窓際からずっとその様子を見ていたサクが、円卓の方に戻ってきた。

「大丈夫ですか?」

 聞いてすぐ社交辞令とわかるその平坦な気遣いの言葉に、ユウヒは敢えて丁寧に返事をする。

「申し訳ありませんでした。熱気に当てられたようです…もう大丈夫です」
「そう…」
 サクは気のない返事をして、そこにいる四人の顔を見渡した。
「さて、そろったようなので…これからどうするかって話でもしましょうか」
 事務的にサクが話を始めると、ユウヒが顔を上げ、横から口を挿んだ。

「あの…サク」
「はい? なんでしょう?」

 突き放すような声にユウヒは一瞬ひるんだが、それでもサクから目を離さずに口を開いた。

「お金、用意できるって言ってましたよね? お願いしたいんですが…」

 唐突に切り出したユウヒの言葉に、何ごとかと視線が集まる。
 ユウヒはサクの返事を待った。

「見世物小屋に渡す分ですか? また急に…こちらとしては、まぁその方が都合もいいですが…」
「はい…その、お金です。サクが言ってた事がどういう事か、思い知りました。今さらですけど、早急に城へ上がろうと思います」
 淡々と話すユウヒを、その正面からサクがじっと見つめる。
 ユウヒは言葉を継いだ。
「城で、サクは大っぴらには動けないのでしょう? 私が城にいきます。基本、ジンの指示で動きますが、必要であれば使って下さい」
 ユウヒはそう言って確認するようにジンの方を見た。
 どうやらユウヒの意図は伝わったようで、ジンは黙ったままでこくりと頷いた。

 サクはまた何かを考え始めたのか、その手が再び髪へと伸び、ユウヒから視線を逸らすことなく、しきりに髪を指にからめている。
 ユウヒは黙って、サクの答えを待った。

「わかりました。いや、よくわかんないけど…私が直接手配して、お金を届けて話をつけますから。それより…どうにか引き伸ばそうとしていたのに、どういう心境の変化か聞かせてもらいたいですね。思い知ったとか言ってましたけど…そういうんじゃないと俺は思うんだよね」

 サクは思ったことを容赦なく突きつけてくる。
 ユウヒはなぜかサクと話すと、何を言っても腹のうちが見透かされているように思えた。
 言葉に詰まっているユウヒを待ちながら、サクはジン達に向かって言った。

「ユウヒが城へ来るというのならまた話は変わってきますね…とりあえず、ユウヒの体力が戻るのを二日ほど待ちます。その間にこちらで受け入れの態勢を整えて、ユウヒが城へ上がった後、これから先の事をまた決めることにします。今話しても、二度手間になるだけだ」

 一通り言い終えると、サクはまたユウヒの方を見た。
 スマルがその隣から、心配そうにユウヒの方を見つめている。
 ユウヒは一息ついてから顔を上げると、サクの方を見た。

「で? いったいどういう事?」

 サクに促されて、ユウヒは口を開いた。

「心境の変化というか…いろいろ間違ってるからです。この国の王は蒼月だ、シムザでも他の誰かでもない。こうやってもたもたしてるうちにまたどこかで誰かの命が犠牲になっていくんなら…私は少しでも前に進むべきなんだと思う。まだまだやる事は多そうで、いきなりどうこうなるとは思わないけど…私が城へ行くことでまた何か動きだすんだとしたら…少しでも早く、城へ行くべきだと…そう思ったんです」

 ユウヒがそう言うと、ジンとカロンは顔を見合わせて苦笑し、スマルはシオの言葉を思い出しながら、ユウヒをただ見つめていた。
 その言葉は、サクの前であるにも関わらず、何一つ隠し立てすることなく放たれた、ユウヒの正直な気持ちそのものだった。
 サクはまだ何か納得がいかないようでその表情は厳しいままだったが、そんな自分自身の疑念を振り払うかのように片手を上げてユウヒの言葉を受け止めると、城に戻って早急に準備を始めるからと言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。
 緊張の糸がぷつりと途切れ、詰めていた息をスマルははぁっと吐き出した。

 ユウヒの言ったその言葉は、サクに向けて言ったものではなかった。
 それは、ユウヒ自身が自分の気持ちを確かめながら発した自分自身に向けての決意の表明。
 自分が王である事、唯一無二の存在、蒼月である事を認め、逃げずに進み続けることを決めた、ユウヒの決意の言葉だった。
 時として折れそうになる心を鞭打つように吐き出されたその言葉は、ユウヒが蒼月だと知る者達の胸に突き刺さった。
 最善かと問われれば、そうだとは言い切れないのも事実だが、ユウヒは自らこう進むと決めたこの道を進んでいくことを決めたのだ。

 ジンとカロン、そしてスマルが見守る中、ユウヒは自分の言葉の持つ重さを感じて、また震えだしそうになる身体を必死に抑えていた。
 それと同時にユウヒは、逃げないと決めたことで心の奥底に横たわっていたわだかまりがすぅっと消えてなくなり、すっきりとした気持ちでもいる自分自身にも気付いていた。

「…お腹、空いたな……」

 ユウヒが突然ぼそりとつぶやき、他の三人が思わず噴出した。

「お前なぁ…人がちょっと感慨深くいろいろ思ってる時になんだよそれは!?」

 ジンが笑いながら呆れたように言うと、カロンもそれに続いて口を開いた。

「がくっと来たよ、ユウヒ。あんなやり取りの後の第一声がそれ?」
「あー、カロンさん。仕方ないっすよ、こいつ本当に馬鹿だから…」

 スマルが頭を抱え、手をすっすっと振りながら呆れ果てた顔で口を挿む。
 ユウヒはそれを見て、くすくすと楽しそうに笑った。

「馬鹿とは何よ。ねぇ、自由になるのもあと二日でしょ。私、ジンの料理が食べたいんだけど」

 驚いたように動きを止めたジンが、ユウヒを見て溜息をつき口を開く。

「お前馬鹿か! サクヤの話を聞いてただろう? あと二日で体力元に戻せって…」
「聞いてたよー。だからジンの料理って言ってるんでしょ? 私何食抜いたと思ってんのよ? 本当にお腹空いてるの!」
「だからって…俺達だって仕事明けだぞ? 労ってやろうって気はねぇのか…ぁあ? 王様?」
「はぁ? 王様のわがまま聞いてやろうって気もないの? 料理長?」
「誰が料理長だっ!!」

 四人で食事をしに町へ繰り出そうと、馬鹿な話をしながらそれぞれに身支度をし始めた。

 突きつけられた現実も、失われていった命の重さも、すべて笑顔の裏側に押し込める。
 気を緩めると押しつぶされそうになる気持ちを、軽口を叩いてどうにかやり過ごす。  胸に宿っているのは、ただ前へ進んでいこうという決意。
 二日後、ユウヒはまた自らの手で運命を動かすことになる。
 少し肌寒い雨の都を、四人で談笑しながら歩いていく。
 明るい笑顔を浮かべたユウヒの胸の奥は、その静かな決意の炎で焼けるように熱かった。

 降りしきる冷たい雨は、止むことを忘れてしまったように降り続き、夜の帳が降り始めたライジ・クジャの町をただ静かに、しっとりと濡らして続けていた。



 < 第3章 漆黒の翼 〜完〜 >