「シオ、と言ったか…何者だ?」
そのジンの言葉に今度はスマルが問い返した。
「何者って、どういう…」
スマルの困ったような顔を見て、ジンは自分の言葉が足りなかった事に気付いて苦笑する。
「あぁ、すまん。その…現場を少し見て廻ったんだが、転がってる屍を見る限りでは妖と言っても、その…人間に近いように思えたもんでな。それで聞いた」
「あぁ、それで…」
スマルは納得したように頷いた。
だが次の瞬間、その問いに対してどう答えたものかとスマルは黙り込んでしまった。
シオや、シオ達の一族がひた隠しにしていた事実を、安易に他者へ伝えていいものかどうか、迷ってしまったのである。
ジンとカロンが見つめる中、スマルはどうにも困ってしまい、一つの提案をしてみた。
「あの、そこいら…ユウヒに相談してみてもいいっすかね? 起きてたらの話なんすけど…」
そう言われた二人は顔を見合わせると、すぐにスマルの方を向いてそれぞれ頷いた。
スマルは席を立ち、独り寝室へと入って行った。
ユウヒはやはりまだ眠っていた。
「そう簡単には…目ぇ覚ましそうにねぇよな…」
スマルは溜息混じりにそうつぶやくと、寝台に腰を下ろし、ユウヒの肩を静かに揺すってみた。
しかしユウヒが起きる気配はない。
寝返りを打っただけでまた静かな寝息がスマルの耳に入ってきた。
「はぁ。ダメか…」
ずれてしまった肌掛けをそっと掛け直してやると、スマルはユウヒと話す事を諦めてジン達の待つ居間に戻る事にした。
「どうだ、ユウヒの様子は?」
寝室から出てきたスマルにそう声をかけたのはジンだった。
銜え煙草で椅子に浅く腰掛け、腕を頭の後ろで組んでいる。
円卓の上に投げ出されたその足を、カロンが迷惑そうに睨んでいた。
寝室の扉を閉め、円卓のところまで来ると、スマルも椅子に座り、煙草に火を点けた。
「まだ寝てます。ありゃ起きそうにないっすね」
そう言ってゆっくりと煙を吐き出すと、スマルは心配そうに寝室の方に目をやった。
そしてまたジンの方に視線を戻すと、ふぅっと一息ついて口を開いた。
「仕方ないっすね。出来ればユウヒに相談してからの方がいいかと思ったんすけど…いいや、お話します」
「いいのか?」
カロンが横から口を挿むと、スマルはカロンの方を向いてこくりと頷いた。
「黙っててもどうにもならないんで…だったら話してみて、どうするかジンさん達に判断してもらった方がいい。俺にそれは無理だから」
その言葉を聞いたジンは、円卓から足を下ろし、スマルの方に身を乗り出してきた。
「そういう事なら、聞かせてもらおうか」
「はい」
スマルは頷いて、話を始めた。
「今回狙われた人達はイルだそうで…シオ自身が言ってたんで間違いないと思います。城からの何らかの要請にいい返事をしなかったとかで…シオが見世物小屋にいたのもどうやらそこいらへんがからんでるみたいっすね。シオ達一族が必死に隠してきたもんを、俺が誰かに言ってしまうのもどうかと思ってユウヒに相談したかったんっすけど…」
スマルが言葉を選びながらも正直に話すのを、ジンとカロンは黙って聞いていた。
スマルの話はまだ続いている。
「シオ達にあったっていう城からの何とかっていうのについては何にも聞いてないっす。で、シオが言うには、イルの民にとって伝説というのは史実なんだそうで…まぁイルの人達はどうやらこの国のあり方が間違っているってのを知っているようなんです。そんなやり取りがあったせいかどうかはわかんねぇっすけど、ユウヒは火を消すからと言って玄武を呼び出しました」
ジンが座りなおして腕を組み、口を開いた。
「シオの反応は?」
スマルが頷いて言葉を続ける。
「ユウヒが蒼月であると気付いたようです。玉座について欲しい、王になって欲しいとユウヒに言ってました」
「そうか…で、どうなった?」
ジンが先を促すと、スマルがまた口を開いた。
「その後すぐシオを連れてユウヒ達と離れたんで、こっから先は憶測でしかないんですが…玄武が中に入った状態で、ユウヒが火を消したんだと思います」
その言葉に反応したのはカロンだった。
「玄武が直接ではなく…ってことか? なんでわざわざ…」
「そりゃ何かって時に自分のせいにできるからだろう? あいつが考えそうなこった」
カロンの疑問にはジンが答えた。
「それより…」
ジンが話を続けた。
「なんで玄武が中にいたってのがわかる? 玄武がユウヒ連れて俺達のところに現れた時には、もうあいつの意識はなかったぞ。話なんて聞けんだろう?」
ジンがそう言うと、スマルは少し困ったような顔をしてそれに答えた。
「濡れた服着替えさせた時にその…痣みたいな模様が浮き出てたんっすよ。その模様が…俺の力の解放をした後、玄武の身体に出てたのと同じだったから、たぶん…そうかなと思っただけなんっすけど…」
気まずそうに目を逸らして話すスマルを、ジンがいつもの薄笑いで見つめる。
カロンも驚いたようにスマルを見ていたが、ジンの視線が自分の方に移ったのに気付き、咳払い一つしてごまかした。
ジンは新しい煙草に火を点けると、煙をふぅっと吐き出した。
そしてすぅっと真顔に戻ると、スマルに向かって言った。
「話してもらえてありがたい。これで焼け跡で感じた違和感全てに納得がいく説明がついた」
「はい…」
スマルが神妙な面持ちで返事をする。
ジンはさらに言葉を継いだ。
「あとは…サクにどう説明するか、だな。おそらくここに顔を出すだろうし、あいつもいろいろ疑問に思ってるだろうから…」
その時、部屋の外で何かの物音がして、扉を叩く音がした。
「…噂をすれば、か。おそらくサクだ、スマル」
そう言われて頷いたスマルは立ち上がると、そのまま部屋の入り口の方へと歩み寄った。