一昼夜降り続いた雨は未だ止む気配すら見せず、ライジ・クジャの町を濡らしている。
町の一区画をごっそり焼き尽くした大きな炎も今はもう消え、行き交う人々はその無残にさらけ出された焼け跡に目をやっては、係わりたくないとでも言いたげに迷惑そうな顔をして足早に去っていく。
時折、炭化して真っ黒になった柱の間をこそこそと行き来する人影が、煤けた調度品の中から何かを取り出しては、値踏みするようにそれをまじまじと眺めたりしている。
舌打ちしてその辺りに放り投げる事もあるが、たいがいは鼻息を荒くして持参した袋の中に至極大事そうに納め、袋がいっぱいになると思い出したように周りを確認して、またこそこそとどこかへ消えていった。
そんな輩を横目に、難しい顔で焼け跡を歩き回っているのは城からやってきた役人達だ。
獣脂を塗る事により防水の加工を施した厚手の大きな布を羽織り、効率が良いとはとても思えないような手際の悪さで、火事の跡をいろいろと調べて回っている。
とは言っても、実際に動き回っているのは彼等ではなく、粗末な服のままびしょ濡れになっている者達だった。
雨の中、役人達の指示に従って、ただひたすらに右へ左へと忙しなく動き回っていた。
ある者は、時々現れる盗人達を牽制しながらも、自らも同じような作業をしている。
同じに見えてもどうやらそれが仕事のようで、何を取り出すにも堂々しており、金になりそうなものを見つけると得意げな顔をして役人のところへ見せに走る。
そしてその役人達からの了解を得ると、焼け跡のすぐ近くに横付けしてある小さな荷台に並べて置いていくのだ。
またある者は、役人のすぐ側について周り、何か指示を受けては瓦礫をどけたり、土壌を調べたりしている。
中でもひときわ忙しなく動き回っているのが、何人かで組んで集団で作業を行っている者達だ。
役人達に使われているにも係わらず、この集団には役人達が身に纏っているものと同じ大きな布で雨露を凌いでいる。
だがそれ以上に気になるのがその作業の方だった。
彼らが袋に詰めて運んでいるのは、この焼け跡がまだ「町の一部」であった時分、この場所に住んでいたと思われる者達の成れの果て、である。
おそらく賃金をはずんでもらえるのだろう。
やっている作業の内容はともかく、その集団は雨の中でも熱心にあちこちと動き回っていた。
誰かが「何か」を見つけると、他の者達が駆け寄ってその周辺を総出で片付ける。
そしで出てきた「それ」を袋に押し込むと、全員で抱えて荷車まで運ぶのだ。
幌のついた、他のどれよりも大きなその荷車の中には、似たような袋が無造作にいくつも転がっている。
とても正気では行えないような作業を黙々とこなせているその理由は、やはりそのもう動かなくなった者達が「人間ではない」からなのだろうか。
異様なまでに淡々と作業は続き、その上に雨はただただ降り続けた。
このような火事は、一度や二度ではない。
ライジ・クジャだけに限らず、この国では度々そういった火事などの事故が起こっていた。
これらの事故は決まって人間ではない者達の居住区で起こり、自ずと皆それが事故ではなく人為的な事件であると理解していく。
しかしながら全ては暗黙の了解のうちにあり、真相をつきとめようと動く者はほとんどいない。
もしいたとしても、そういった者は不思議とある日姿をくらましてしまうのだ。
何か得体の知れない大きな力が働いている――。
その「何か」を感じてしまった者は皆、目の前に起こる様々な不条理にも目を瞑り、口を閉ざしていった。
人間達の中にも憤りを覚える者は少なくなかったが、なによりも皆が望んでいたのは平穏な日々だった。
見ない振りをし、考えなければどうにかやり過ごせる。
人々の胸の奥で燻っていたはずの思いも、いつしか忘れられていったのも自然な流れだったのかもしれない。
雨音だけが響く静かなライジ・クジャの町で、黒く浮き上がったこの焼け跡だけが、どうにも歪んでしまったこの国を憂いて濡れていた。
役人達が作業を続ける傍らに、その様子を静かに見つめている男がいた。
一瞬その瞳に怒りが映り、悔しそうに顔を歪めるのだが、しばらくするとまた冷え切った表情に戻り、焼け跡をぼんやりと見つめる。
爪痕が残るほどにぎゅっと固く握られた掌が、この男の行き場のない憤りを物語っている。
「サク殿! 粗方片付きました。荷車はもう守護の森へ向かってもよろしいでしょうか?」
焼け跡で作業をしている役人の一人がこの男に声をかけると、男は手を上げて返事をして、ゆっくりと歩き出した。
サクが近付くに連れて、他の役人達の顔に緊張が浮かび上がる。
それを感じ取って苦笑しながらも、サクは焼け跡の中へと足を踏み入れた。
――妙だ…。
現場についてからサクはずっとそう感じていた。
夜明け前、突然の大雨だった。
確かに経験した事のないほどの激しい雨ではあったが、あれだけの火事がそうあっさりと消えてしまうというのも納得がいかない。
いろいろな可能性を思い浮かべながら、サクは足下の瓦礫を一つ一つ確かめて歩いていく。
その御機嫌を伺うかのように頭を下げながら近付いて来る役人の、あからさまにへこへこした様子があまりに滑稽で、サクは思わず苦笑する。
近付いてきた役人は恐ろしいものでも見てしまったような顔をしてサクに話しかけた。
「サク殿でも笑うのですね」
鼻につく愛想笑いでそう言われては、さすがのサクも何か言い返したくなるというものだ。
「そりゃ笑いもするでしょ。俺のこと、何だと思ってんの?」
城の中でいつも耳にしているのとは違う言葉遣いで話すサクに、役人は恐れおののいて返す言葉を必死に探し、視線が宙を泳いでいる。
その様子を馬鹿にしたように鼻で笑い、サクはその役人の横を通り過ぎた。
サクがすぐ側にいる事に気付いた役人達が、作業の手を止めてサクの周りに集まる。
一通り作業の報告を聞き終わると、サクが口を開いた。
「ご苦労様です。もうここはいいでしょう。荷車は森へ、他は城へ。いつもの手筈でお願いします」
サクの言葉に一礼した役人達が、それぞれの持ち場へと戻っていく。
そのうちの一人を呼び止めてサクは言った。
「私はこれで今日はもう上がります。少し寄るところがありますから、城へ戻るのは遅くなると部屋の女官達に伝えておいてもらえますか?」
言伝を頼まれた役人は驚いたように深々と頭を下げると、逃げるようにその場を去っていった。
「まったく…どいつもこいつも……」
サクはぼそっと小さく吐き出すと、そのまま踵を返し、蒼月楼へと足を向けた。