シール 印刷 11.炎の中で

炎の中で


 スマルがシオを連れてその場を離れると、静寂と共に熱気がユウヒ達を襲ってきた。
 熱さが気にならなかったのは、おそらく極度に緊張していたせいなのだろう。
 ユウヒが大きく息を吐くと玄武が心配そうに声をかけてきた。

「ユウヒも一緒に行かれた方が良かったのでは?」

 ハッとしたように玄武を見たユウヒは、少し顔を歪めてまた首を横に振った。

「だって…これからやろうとしてる事って、今の国にたてつく行為だもん。仮にも国を護ってるはずの神様だけに、それをやらせるわけには行かないよ」
「そんな…はい、お気遣いありがとうございます」

 玄武は小さく噴出すと、笑いながら言った。
 その時、それまで何ともなかったユウヒの様子が少し変わったことに玄武が気付いた。

「ユウヒ?」

 また心配そうな顔をして玄武が声をかけると、ユウヒは自分自身を抱きしめるかのようにその腕をがっしりと掴んでその場にしゃがみ込んでしまった。

「ユウヒ!」

 玄武がすっとそのすぐ側に座ってユウヒを支える。
 ユウヒは何でもないと言って笑うが、その体は震えていた。

「どうしました?」
 玄武が言うと、ユウヒは苦笑してぼそりとこぼした。
「ごめん…ちょっとまずいかも…震えが止まらないや」
 ユウヒが自分の腕をつかんだその手に、玄武が自分の手を重ねて静かに声をかける。
「ユウヒ、いったい…」
「玉座に、って…今さらなんだけど、私、王様なんだね」
 俯いて小さく話すユウヒに、玄武はやさしく微笑みかける。
 下を向いているユウヒには見えていないはずのその笑みだが、今のユウヒにはそれが何よりの支えとなっている。

 玄武はユウヒが落ち着くのを待った。
 しだいに震えもおさまり、やっと顔を上げたユウヒは力なく玄武を見つめた。

「こんな情けなくて、泣いてばかりで、独りじゃ何もできないヤツが王様になんてなって…大丈夫なのかな。本当に私なんかが、シオみたいな人達をどうにかしてあげられるんかな…こわいな…」
「またずいぶん弱気になって…大丈夫ですよ」

 玄武が言うが、ユウヒはまだ蹲ったままだった。

「頑張ろうって思っても、何か起こる度にすぐこんな風にふらふらしちゃって…」
「そのための我々なんじゃないですか?」
 玄武の言葉を不思議そうに聞いているユウヒに、玄武はまた手を差し伸べた。
 ユウヒを引き上げるように二人して立ち上がると、ユウヒの手を持ったまま、玄武は話し続けた。

「独りで立つのがそんなに大事ですか? 私達やスマルがいるという事もあなたの一部だと思って下さい。独りで立っていられない時は私達が手足になって支えます。だからこその、蒼月じゃないですか」
「だからこそ…? どういう意味?」
 ユウヒが聞き返したが、玄武からの返事はなく、その視線は周りの炎に向けられていた。

「まずは火を消してしまいましょう。派手にやらかすのでしょう?」

 玄武がそう言うと、ユウヒは力なく笑って頷いた。

「ユウヒ。一口に王と言ってもいろいろな人間がいるんです。あなたの思い描くそれがどんなものかは知りませんが、私達もスマルもあなただからこうして一緒にいるんです。それを自信にはできませんか?」
「自信…」
「大丈夫です。我々がついてますから…今日みたいな事があると焦ってしまうのもわかりますが、ユウヒ、あなたは我々がずっと待っていた蒼月なんです。私の言葉では信用できませんか? あなたを元気付けることすら、できないんでしょうか」

 切々と訴える玄武にユウヒは嬉しそうに笑みを浮かべて返事をした。

「そんなことない。ありがとうクロ…」
「はい…では、あの、始めても?」

 玄武が唐突に切り出すと、ユウヒはこくりと力強く頷いた。
 その途端、玄武の姿がすぅっと吸い込まれるように消え、ユウヒの内側に声が響いた。

 ――では、まいりますよ。

「うん」

 ユウヒが頷くと、ユウヒの体を玄武の気が埋め尽くしていく。
 まるで操られているかのように動く体を、ユウヒはされるがままに玄武に預ける。
 ユウヒの口からユウヒのものとも玄武のものとも言えない声で、古の言葉が詠われ始める。
 その呪文詠唱の声に合わせるように、ユウヒの体を熱のようなものが走り、腕に、顔に、スマルの封印を解放した時の玄武と同じ模様が浮き出てきた。
 玄武の長い呪文詠唱が終わり、ユウヒが左手で右の手首を掴む。

「来い!」

 ユウヒはそう言って、右手を地面にどんとついた。

 その掌から玄武の気が一気に流れ出すような感覚をユウヒは覚えた。
 圧倒されないように踏ん張りながら、自分の右手に意識を集中する。
 掌に熱いくらいの熱を感じた時、玄武の声がまた響いてきた。

 ――もう、大丈夫ですよ、ユウヒ。

「そ、そっか…」

 緊張から一気に解放されたユウヒの意識がすぅっと遠のいていく。
 熱気の中、奇妙な湿気を帯びた熱風が吹き始め、やがてそれは逆巻く水の塊へと姿を変えた。
 次第に暗くなっていく視界の中で、その渦はだんだんと大きくなり数を増やしていく。
 ユウヒは玄武の言葉を思い出して、急に笑いがこみあげてきた。

 ――本当だ…派手にやらかしちゃってる…。

 いつの間にか、また姿を表した玄武が倒れ込みそうになっているユウヒの体を支えている。
 たくさんの渦が飛び交いながら、火をみるみるうちに消していった。
 水の勢いの方が圧倒的に強いせいか、玄武の力のせいなのか、熱せられた水であたりがもっと熱くなっても良さそうなものだがそうはならず、逆に気温がどんどん下がっていく。

 意識を手放してしまったユウヒを抱きかかえて玄武が立ち上がったその時、明るくなり始めた夜明け前の空から大粒の雨が音をたてて降り始めた。