「立てるか?」
スマルはユウヒと顔を見合わせて頷き、シオに歩み寄った。
声をかけられたシオは頷いたものの、呆然とユウヒ達の方を見つめている。
まだあどけない面影の残るシオは、その年頃にしてはずいぶん華奢な体をしている。
そんなシオを支えるようにしてスマルは横に立った。
「あいつにまかせておけば大丈夫だよ」
スマルが声をかけるが、シオの視線はユウヒ達に釘付けだった。
「どういう…事ですか? 玄武って…言いましたよね。あの人はどこから現れたんですか…」
心ここにあらずと言った様子で、言葉だけがシオの口から吐き出される。
スマルは何の説明もせずに玄武を呼び出したユウヒを恨みながら、シオにどこまで言っていいものか悩んでいた。
そんなスマルの思いをよそに、ユウヒと玄武は火事の炎を消す算段をしている。
シオはその二人からまだ目が離せないでいたが、その視線に気付きながらもユウヒと玄武は話を続けていた。
「ねぇ、クロ。火事を消したいの。できる?」
ユウヒが玄武の答えを促すように、下からその顔を覗き込む。
玄武はチラリと辺りを見回して、溜息まじりに言った。
「できますが…いいんですか?」
「何が?」
ユウヒが不思議そうに聞き返す。
「何がって、その…派手にやらかすことになりますよ?」
にやりと笑って玄武がそういうと、ユウヒも笑ってそれに答えた。
「かまわない。たぶん憶測やら何やらでいろんな噂が立っちゃうだろうけど…その時はその時だよ。そうなってから考える」
「それならば私もかまいません。あとは…」
玄武がひょいっとスマルの方を親指で指し示した。
「ほら。心配でたまらないって顔じゃないのかな、彼は…」
ユウヒと玄武にいきなり視線を投げかけられ、スマルが一瞬たじろいだ。
思わず噴出したユウヒは、玄武に言った。
「大丈夫。あいつは私が何をやっても心配してるんだよ、昔っから」
「ならいいんですが…」
玄武がそう返事をした時、シオの様子が急に変わった。
いきなり一歩後ずさり、その体がスマルにどんとぶつかる。
慌ててスマルがその肩を支えると、シオの体が小刻みに震えていた。
「シオ?」
スマルが驚いて声をかけると、振り返ったシオの目から涙が零れ落ちた。
「え…っ」
スマルが思わず肩をつかんでいた手をシオからパッと離すと、シオは申し訳なさそうに首を振ってスマルに謝った。
「すみません」
「あぁ、いや…えっと…どうした?」
スマルが訊くと、シオは涙を指で拭って、泣き笑いの顔ではっきりと言った。
「ユウヒは…蒼月、なんですね?」
言葉に詰まってスマルがただシオを見ていると、今度は嬉しそうな笑みを浮かべ、ユウヒと玄武を見ながら口を開いた。
「伝説は史実。自分達の存在がそうであるように…僕はどうして蒼月の存在を信じられなかったんだろう」
「シオ…って、え? 僕?」
間の抜けた声でスマルが言うと、シオは笑って頷いた。
「僕は男ですよ。よく女性と間違われますけど…」
「あぁ、そう…そりゃ悪かったな」
「気にしないで下さい」
さっきまで泣き崩れていた人間と同じ人物とは思えない、力の籠もった声だった。
「シオ、大丈夫なのか? そろそろここを離れねぇと…朱雀がお前の仲間達と一緒に…その、皆ってわけには…いかなかったみてぇなんだけど…」
仕方がない事とはいえ、一瞬にしてシオの顔に影が落ちる。
しかしシオは俯いて一呼吸おくと、顔を上げて寂しげな笑みを浮かべた。
スマルが何ごとかと首を傾げてシオを見ると、シオはユウヒと玄武の方を向いて声をかけた。
「ユウヒさん!」
なにごとかとユウヒと玄武がシオの方を見ると、シオはその場に片膝をつき、右手を左胸にあてて頭を下げた。
玄武が笑みを浮かべてそれを見つめ、その後心配そうにユウヒを見た。
ユウヒは黙ったまま、シオをただ見つめて立っていた。
シオはすぐに立ち上がり、照れくさそうにくしゃっと笑った。
「助けてくれてありがとうございます。あの…私達は、あなたの味方ですから! 他にも、あなたの事を待っている者達はたくさんいますから!」
スマルと玄武がユウヒを見つめる。
ユウヒは困ったような顔をして、シオを見つめていた。
「ユウヒさん。イルも、他の種族の人達にも、人間の中にも、味方はいっぱいいます…だから、その…」
シオが言葉に詰まり、ユウヒ達は次の言葉を待った。
スマルがどうしたのかと声をかけようとした時、シオはその手をぎゅっと握り締めてユウヒに力強く言った。
「…玉座について下さい! 王様になって下さい!!」
驚いたようにユウヒが目を見開き、その様子を心配そうに玄武とスマルが見守る。
ユウヒは驚いて戸惑いながらも、笑みを浮かべてゆっくり何度も頷いた。
シオはそんなユウヒにもう一度頭を下げると、たいそう興奮した様子でスマルに話しかけた。
「あの、僕を仲間の所に連れて行ってください」
「あ、あぁ。わかった」
スマルはそう返事をして、ユウヒの方を見た。
「じゃ、俺ら行くわ!」
そう声をかけて軽く手を上げると、ユウヒと玄武も同じように手を上げてそれに応えた。