火事を起こしたその何者かは、どうやら周辺一帯をすべて焼き払おうとしているらしい。
尋常ではない火の勢いで、あたりの熱気もおそろしいほどだった。
ユウヒは火のまわりの遅いところを選びながら、シオの姿を炎の中に探す。
しかし目に見える範囲に人影は全く見当たらず、途方にくれるユウヒに追い討ちをかけるかのように、何者かの強い念が次々に襲いかかる。
ユウヒの異変に気付いたスマルが、慌ててユウヒに駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
炎に照らされていてもユウヒの顔色が悪いのがわかる。
脂汗が額に浮かんでいた。
いきなり崩れ落ちそうになったユウヒを、スマルが支える。
「おい、どうした?」
一瞬だけ顔を上げたユウヒの頬を涙が伝う。
スマルに腕をつかまれたまま、ユウヒは俯いて視線を逸らして言った。
「誰かを助けようとする想い、死にたくないって想い、いろんな人達のいろんな想いが渦巻いてる…炎の中に、まだ残ってる人達がいるんだ、たぶん」
ユウヒの言葉にスマルは目の前で荒れ狂う炎を見つめて絶句した。
まだ俯いたままのユウヒは、すぐ横にいるスマルにも聞き取れないようなか細い声で何かをしきりにつぶやいていたが、袖口で涙を拭い、顔を上げるとスマルの方を向いて言った。
「…助けるよ。間に合うかわからないけど…」
「って、お前! この中に入っていこうっていうのか?」
ユウヒの腕をつかむ手にスマルが力を入れると、ユウヒは首を振って言った。
「さすがに私には無理。それくらいわかってる。だから…出てきて、朱雀!」
顔色はまだ悪いが、また力の宿った瞳でユウヒがその僕の名を呼ぶ。
ユウヒから伸びる影の一部が陽炎のようになり、朱雀が姿を現した。
怒りも混ざった厳しい表情の朱雀に、ユウヒはしっかりとした声で命令した。
「朱雀。この中でまだ助けを待っている人達がいる。助けたい」
「わかりました」
朱雀はそう短く返事をすると、現れた時のような陽炎に戻り姿を消した。
ユウヒはそれを見送ると、今度はスマルの方を見た。
自分の腕をつかんでいる手に自分の手を添えると、ユウヒは静かに言った。
「ありがとう。もう大丈夫。私はシオを探したいの。スマルも来て」
スマルが頷いて、つかんでいた手の力を緩めると、ユウヒはそのまま走り出し、スマルもそれに続いた。
風は強いとはいえないくらいのものだったが、燃え盛る炎が上昇気流を起こし、そこに風が起こって火の勢いを増す。
そんな中をユウヒとスマルはシオの名を呼びながら走り続けた。
気が変になりそうなほどに強い念に襲われながらも、ユウヒは諦めずにシオの姿を探す。
崩れ落ちる壁や倒れた柱、もうここでシオを見つける事は絶望的ではないかという思いが頭の隅をかすめ始めた頃、ようやくユウヒはシオの姿を視界に捉えた。
「シオ!」
シオはもう程なく炎にのみ込まれようとしている小さな部屋の中央で蹲っていた。
ユウヒは急いでシオの傍らに駆け寄った。
「…ユウヒ、さん?」
ぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔をしたシオは、信じられないものでも見たかのように目を見開いて驚いていた。
「どうしてここに…?」
「シオこそどうして? なんでこんな事になってるの?」
シオの目からまた涙がどっと溢れ出した。
「私達が、城からの要請に応えなかったから。報復です。私は人質としてあの見世物小屋にいたんですが…」
そう言ったまま突っ伏して泣き出してしまったシオを前に、ユウヒはかける言葉も見当たらずスマルと顔を見合わせる。
炎が逃げ道を塞ぐまでにはまだしばらく時間がありそうな事を確認した二人は、少しだけシオが落ち着くまで待つことにした。
だがいっこうにシオは泣き止む気配がなく、ユウヒは仕方なく声をかけた。
「ねぇシオ。教えて。どういう事なの?」
ユウヒに肩を揺さぶられてシオは嗚咽をあげながらも体を起こし、途方にくれたように炎を見つめながら、意を決したように口を開いた。
「私は…私達は、イルなんです」
「えっ!?」
ユウヒが聞き返す。
スマルもその背後で驚いたように事の成り行きを見守っている。
ユウヒは慎重に言葉を選びながらシオに訊いた。
「イル? イルって…昔話とか、本に出てくる、あの?」
シオはゆっくりと頷いて、話を続けた。
「私達には癒しの力があります。癒しといっても…言ってしまえば命のやりとりが可能なんです。そんな力のせいで私達一族は、ずっとその運命を第三者によって捻じ曲げられてきました。だから…だからイルである事をひた隠しに過ごすことで、今日まで生き永らえてきたんです。もう国や権力の名の下に利用されないために…」
時々しゃくり上げるが、その静かなシオの言葉からは怒りと絶望が感じられた。