「手紙は受け取ったか?」
ジンの言葉にユウヒが頷く。
「うん。小細工はスマルが解いてくれたよ。で、今夜なの?」
ユウヒが声をかけると、ジンが黙って頷いた。
「どこで何が起こるっていうの? ずっと胸騒ぎが止まらないんだよ」
気をつけてはいても、夜明け前の静寂の中にあってはどうしても話が響いてしまう。
留まっているのはまずいとジンとカロンが先に歩き出し、ユウヒとスマルがそれに続いた。
いったいどこに向かっているのかとユウヒがジンに訊こうとしたその時、前方からまた火薬の臭いが漂ってきて、その途端に大きな音をたてて火柱が立った。
言葉を失って足の止まったユウヒとスマルに、ジンが立ち止まらないようにと声をかける。
「始まりましたね…」
カロンがジンに向かって言った。
大きな爆発音で、付近の住民達が何ごとかと起きだしてくる。
その中を四人は急いで駆け抜けた。
「何? 爆発? 火事?」
ユウヒが誰に言うともなしに言ったが前を走る二人からの返事はなく、隣にいるスマルが引き攣ったように苦笑してユウヒに言った。
「わかんねぇ…けど、花火問屋とかはあの辺じゃなかったはず…」
まだライジ・クジャに来て間もないユウヒは首を傾げて言った。
「じゃぁ…何があるの?」
ユウヒが戸惑ったように言うと、ジンがぼそりと返事をした。
「あの辺は…城で言うところの、反逆の恐れがある妖共の巣窟、だな」
「えぇ!? じゃ、何? さっきの爆発は人為的なものだっていうの?」
驚いてそう問い質すユウヒに対して、ジンの声は冷え切っていた。
「何言ってんだ、今さら。他に何があるんだよ」
そう言ったきりまた黙って走るジン達の後ろを、ユウヒは泣きそうになりながら遅れないように追いかけた。
ユウヒをスマルが心配そうに見つめていると、困ったように顔を歪めてユウヒが言った。
「こっち見んな」
「は!?」
少し息を切らしながら言ったユウヒの言葉に、スマルが不快そうに応える。
「今は泣いてる場合じゃない…だから、こっち見んな、こっち来んな…」
ユウヒはそう繰り返して、スマルの少し後方に下がり、四人はほぼ縦一列になって走り続けた。
火柱のたった周辺に四人が辿り着いた時には、すでに火は不自然なまでに広範囲に燃え広がり、一つの部落すべてを燃やし尽くさんばかりの勢いの炎が渦を巻いていた。
「ひでぇ…」
スマルが立ち竦んでつぶやくと、ユウヒがその場にがくりと膝を落とす。
「何なのよ、これ…」
あたりには獣脂が燃える時にする、あの独特の臭いが立ち込めている。
誰の目にも人為的な火事、放火による火事である事は明らかだった。
逃げ惑う人々の中に、ユウヒは見知った人影を見つけた。
「…なっ!」
声を上げて立ち上がったユウヒの腕を、ジンがすかさずつかんで引き止める。
「どうした、ユウヒ」
「離してジン! 今あそこに! なんであの子がこんな場所にっ」
捉まれた腕を振りほどこうとしてユウヒがジンの方を睨みつけるが、ジンはそんなユウヒの様子を見てさらに力強く腕をつかんだ。
「落ち着け馬鹿。なんだ? 知り合いでもいたか?」
抵抗するのをやめたユウヒの腕をジンが離す。
ユウヒは解放されが腕のつかまれていた部分をさすりながら言った。
「見世物小屋にいた子だよ。シオっていう…」
「半妖か何かか?」
ジンが訊くと、ユウヒは首を振って否定した。
「いや、見た感じは人間と変わらないけど…何か特別な力があるとかってえらく厳重に閉じ込められてたね。逃げてきたのかも」
「…なるほどな。で、どうすんだ?」
ジンが薄笑いを浮かべてユウヒの肩をとんとはじく。
カロンが戸惑ったようにジンの方を見て、スマルも事の成り行きを見守っている。
「どうって?」
聞き返したユウヒが顔を歪める。
「いいの? 好きにしても。さっき引き止めたじゃない。助けにいってもいいの?」
心配そうな顔をして、カロンがジンの答えを待つ。
「俺達は手が出せないが…行ってくるか?」
ジンの意外な答えに、ユウヒははじけるように荒れ狂う炎の方へと駆け出した。
「おい、待てよユウヒ!」
スマルがその後を追う。
カロンは呆れたような顔をしてジンに声をかけた。
「いいんですか? ユウヒに何かあったらどうするんです?」
「…まぁ、大丈夫だろ」
「またそんな無責任な…サクはどう言ってたんですか?」
カロンが少し苛立ったように言うと、ジンは苦笑して言った。
「何をどう言ってようが、あいつが考えてる事はさっぱりわからんよ。ただやりてぇ事は同じなんだ。だったらユウヒにも好きにさせるさ。こんなもん、ただ見とけなんて酷な話だ」
「あなたがそういうなら従いますけど…ちょっとユウヒに甘くないですか?」
「そうか? まぁ…そうかもな。何か起これば俺達が尻拭いだ、カロン」
「はぁ、また簡単にそういう…」
カロンは盛大に溜息を吐く。
「まったく…わかりましたよ」
そう言ってジンと顔を見合わせる。
二人はスマルとユウヒが駆けて行った方を見つめていた。