炎の中で


「スマルー?」

 ユウヒは上着を羽織り、留め金を一つずつ留めながら部屋の入り口の方へ歩み寄った。

「スマル?」
「ぅわ!」
 部屋を出てすぐ横の壁に寄りかかって立っていたスマルが、突然ひょこっと顔を出したユウヒに驚いて声を上げる。
 ユウヒはその様子に思わず噴出しながら声をかけた。
「おにーさん、上半身裸で何してんの?」
「ぅ…」
 冗談を切り返す事すらできないスマルに、ユウヒが困ったような顔で言った。

「えっと…どした?」
「わ、わりぃ…ちょっと考え事してて」

 目を逸らしたままでスマルが言うと、ユウヒがスマルの前にスッと立ち、その胸元を大きな音をたてて平手で打った。

「いぃぃぃっっっ……ってぇ!」

 暗くてよくわからないが、恐らく手の痕が赤く付いたであろうあたりを痛そうに擦りながら、スマルがやっとユウヒの方に顔を向けた。
「ちょっ…い、痛いんだけど…」
 やっと目を合わせたスマルに、ユウヒが溜息混じりにつぶやく。
「…いきなり変わんないでよ。こっちまで困る」
 少し戸惑ったようなユウヒの声にスマルは返す言葉が見当たらず、かと言って目を逸らすことももうできず、黙ってユウヒの次の言葉を待った。
 ユウヒは一瞬少し考え込むような素振りを見せたが、思い出したように口を開いた。

「ジンがどうとか、言ってたね」

 前日、風呂に行く前のやりとりをユウヒは覚えていたのだ。
 スマルが気まずそうに視線を横に逸らしたが、ユウヒはかまわず話を続けた。

「まったく…あんたとこんな話をする日が来るとはね。って、ほら、こっち向きなよ。あんたに話してんだから」

 ユウヒが言うと、スマルは仕方なくユウヒの方に視線を戻す。
 真正面から見上げられて、壁際に立っていたスマルは逃げ場がない。
 今まで周りから何を言われようとも二人して笑い飛ばしてきた。
 だが離れていた時間が自分の中の何かを変えてしまったらしい事を、スマルはキトに言われるまでもなく、その前から十分に自覚していた。

「あのさ、これから言うことが、的外れだったら聞き流して欲しいんだけど…」

 そう断わりを入れると、ユウヒは一呼吸おいてから口を開いた。

「あんたがいったい何を気にしてるんだかってのは、ちょっとあれなんだけど…あのさ、ジンとはね、何もないよ。あの人はそういうんじゃない」

 静かな部屋にスマルの息を呑む音が響く。
 ユウヒはまた一呼吸おいてその先の言葉を続けた。

「確かに、他の人とは違う感じだけど…その、あんたが気にしてる…そういうのとは…」

 スマルの顔から緊張が消えて、ばつが悪そうに微かに歪む。
 詰めていた息を静かに吐き、心配そうに覗き込んでいるユウヒの頭をぽんぽんと叩くと、スマルは申し訳なさそうにつぶやいた。
「…悪かったな、妙な気ぃ使わせて」
「いや、私は別に…」
 何か声をかける代わりに、困ったような顔で自分を見ているユウヒの頭をまたぽんぽんとやると、スマルはくるりと向きを変えた。

「俺も着替えるわ…」

 そう言って寝室へ入っていくスマルの背中にユウヒがぼそっと声をかけた。

「…見ててやろうか?」
「ぬぁっ!?」

 驚いて後ろを振り向いたスマルに、ユウヒはニカッと歯を見せて笑うと、早くしろとでもいうように手を振った。

 スマルは寝室に着替えに戻り、ユウヒは居間で腰布を巻いて帯剣する準備を始める。
 剣を取りにユウヒが寝室へ戻ろうとしたその時、すぐ下の通りから鳥のさえずりのような音が聞こえてきた。
 ハッとしてユウヒが窓から顔を出すと、ジンとカロンがいつもとは違う黒っぽい装束を纏って立っていた。

「スマル、来たよ。準備は?」

 寝室に向かって声をかけると、すでに二本の剣を腰と背中に装備したスマルが、ユウヒの剣を持って寝室から出てきた。

「終わった。ほら、お前の…」
「あ、ありがとう」

 剣を受け取ろうとしてスマルに近付くと、スマルはユウヒの背中側に回って腰を下ろし、ユウヒの剣を腰布で固定し始めた。

「ぅわぁ、何?」
 ユウヒが戸惑ったような声をあげると、スマルは苦笑しながら言った。
「いいじゃん。俺にやらせろ」
 ユウヒも思わずつられて笑みを浮かべる。
「開き直ったか。馬鹿ひげ」
「何だよ、馬鹿ひげって…ほら、ジンさん達来てるんだろ?」
「うん…って、あんたもう大丈夫なの?」
 ユウヒが意地悪そうにそう言って笑うと、ユウヒの帯剣をし終わったスマルは、立ち上がってユウヒの尻を剣もろとも引っ叩いた。

「いぃぃっっ…痛いよ、もう! 何っ!?」

 いきなり叩かれ、腰の引けた体勢でユウヒが怒ると、スマルはいつもの調子を取り戻し、片方の眉をぴくりとあげて言い返した。

「俺も痛かったし?」
「あ、あれは自業自得でしょうが!」

 まだ少し痺れのような痛みの残る掌をスマルの方に見せて、ユウヒは楽しそうに笑った。
 部屋を出て他愛もない話をしながら外へ出ると、ジン達が神妙な顔つきでユウヒ達を迎えた。