炎の中で


「どうした?」
 訝しげに外を見回すスマルにユウヒが小さく指差して示す。

「あれ、たぶんジンの鳥…」
 そう言っているうちに鳥はどんどん近付いてきて、ユウヒ達がいる窓からすぅっと部屋の中に飛び込んできた。
「やっぱり…」
 どうするのかと目で追っていると、その鳥は円卓の上に置いてあった飾ってあるだけでもう用をなさない燭台に器用に留まった。

 スマルとユウヒは慌てて円卓に近付き、鳥の足に結び付けてある小さな筒の中の紙切れを取り出した。
 細く折りたたみ丸めてあったその紙切れを破らないように慎重にひろげると、そこには墨で書かれた不思議な模様が記してあるだけだった。

「なんじゃこりゃ?」
 拍子抜けしたユウヒはその紙切れを指で摘まみあげると、はぁっと一つ、溜息をついた。

「こんなん読めんわ」
 ユウヒは卓上に置いた紙切れをぴんと指で弾いた。
 すかさずスマルがそれを取り上げる。
「馬鹿かお前。呪を施してあるだけだろ?」
「…じゅ? は!?」
 ユウヒが間抜けな声で返事をすると、スマルは小さく笑って紙切れを円卓の上にひろげた。
「城では普通に使われてる簡単な封印術だよ。ほら、よく紙見とけ」
 そう言ってスマルは両手でササッと慣れた手つきで印を結んだ。

「解」

 印を結び終えたスマルの声と同時に、描かれていた模様が紙に吸い込まれるように消えて、他の文字が浮かび上がる。

「おぉ!」
「おぉ、じゃねぇよ。ほら、お前んだろ?」
 スマルがそれをユウヒに差し出した。

 内容を確認もせずにそれをよこしてきたスマルに、ユウヒは不思議そうに首を傾げる。

「…見ないの?」
「他人に宛てたもんを見るほど趣味悪くねぇよ」
「ふ〜ん…」

 ユウヒは紙切れに目を通しながらぼそりとつぶやく。

「私が知らない小細工してる時点で、二人に宛ててるもんだと思うんだけどねぇ…」
 そう言って訝しげにスマルを見たユウヒは、見終わった紙切れをスマルの方に差し出した。
 スマルが戸惑った様子でそれを受け取ると、ユウヒはそれを読むようにとスマルに促した。

「…何を気にしてんだか……じゃ、あっちで着替えるから」

 ユウヒは寝室に入っていった。
 まるで吐き捨てるようにそうこぼしたユウヒの言葉を聞きながら、スマルは紙切れの文字に視線を落とした。
 そこにはジンのあの飄々とした風体からは想像し難い、読みやすく整った文字が並んでいた。

『今夜だ。俺達もそっちに向かっている』

 ただそれだけだが、それで十分だった。
 ユウヒが言っていた「嫌な感じ」が嘘ではないという事だ。
 ジンの店からこの蒼月楼まで、数刻あれば辿り着ける。
 今夜、夜が明ける前にこの町で何かが起こる。
 そしてそれに対処するためにジン達もこちらへ向かっているというのだ。
 スマルは煙草の火を灰皿に押し付け、自分も寝室へと向かった。

 いつものように寝間着を脱ぎながら寝室へ入っていくと、懐かしい罵声が低く響いてきた。

「あんたねぇ…女が着替えてるってわかってる部屋になんで声もかけずに入ってくんのよ? あいかわらず馬鹿。ほんっとに馬鹿」

「へっ!?」

 考え事をしていたスマルが、ユウヒの言葉に間の抜けた声を発して顔を上げた。

 窓の方を向き、悪態を吐きながらユウヒが着替えている。
 暗闇に随分慣らされているスマルの目に、郷で見た火炎の模様が飛び込んできた。
 ユウヒは肩と背中がほとんど出たままという、前身頃だけの変わった形の服で、見慣れた上着を手にして立っている。

「ぬぁっ!!」

「ぬぁ、じゃないっつの! もう…入ってきちゃったもんはいいよ、あんたも早いとこ…ぁ、あれ?」

 顔だけスマルの方を向けて睨みつけようとしたユウヒの視界にスマルの姿はなかった。