封印解放


「どうすれば、いいんっすか?」

 スマルが誰に訊ねるともなしに口にすると、ユウヒに知らせに行こうとしていた白虎を青龍が慌てて呼び止めた。

「なんだよ、青龍」

 立ち止まった白虎は怪訝そうな顔で振り返ると、手を腰に当てて不満そうに青龍を睨み付けた。

「うん、そこで立っていてくれ、白虎」

 少し離れた場所で、ぶつぶつと不満を口にしている白虎をよそに、青龍はスマルに向かって話し始めた。

「地すべりと言っても、最初は感覚が掴みにくいだろうから。目標でも、と思ってね」
 そう言って親指ちょいちょいっと白虎を指す。
 やろうとしている事を理解した面々が、愉快そうに白虎に目をやると、白虎が不思議そうに首を傾げた。
「白虎をその足下の地面ごと、ユウヒの所に運ぶつもりでやってみよう。どうだ? できそうか?」
 青龍の意図を汲んで玄武が言うと、スマルは白虎の足下を見つめてゆっくりと頷いた。

「良し…じゃ、やってみるか」

 そう言って、玄武と青龍がスマルの両側に立つ。
 朱雀は三人の背後から見守っている。
 スマルが大きく一呼吸すると、玄武と青龍がその場に片膝をついて座り、スマルにも座るように指示を出した。

「スマルは両膝をついて…そう。で、両手を地面につけてみてくれ」
 玄武に言われて両膝をついて座り、そのすぐ足下の地面に両手をつけたスマルは、困ったような顔で玄武の方を見た。

「あの…」
「ん? どうした?」
「なんか森の声がうるさいんですけど…」
「あぁ、そういうことか」
 玄武がそう言うと、困り果てているスマルには青龍が声をかけた。
「そういう時は心を閉じるんです。ユウヒも普段はそうしているはずですよ。常にあの声を聞き続けているんじゃ疲れてしまう」
「閉じる…」
 スマルはそうつぶやいて、声が聞こえてくる前の状態を思い出す。
 光の点を大きくこじ開けた時とは反対に、大きな光を小さな箱の中に押し込めるように意識を集中すると、そのうちうるさいまでに響いていた声がほとんど気にならない程度に小さく微かな物音になっていった。

 ホッとしたような安堵の表情をスマルが浮かべた。

「なるほど…」
 スマルが『閉じる』ことに成功したのを感じ取り、青龍と玄武が顔を見合わせた。
「ユウヒが感覚人間だと言っていたのも頷けるな。そう簡単にできる事ではないと思うんだが…」
 玄武に言われてスマルが顔をあげると、青龍も笑みを浮かべて頷いて言った。

「さて、じゃ次の段階にいきますか。スマル、掌に意識を集中して」
 青龍がそう言って、玄武がスマルの手の甲に自分の手を乗せる。
「これはもうそれぞれの感じ方だから教えようがないんだが…俺の場合は水だからな。同じ事をすると地中奥深くに流れる水脈を感じるというか…その気配を感じ取るんだが…スマルの場合はどうなんだろうな」
 玄武の気が手の甲を通してスマルの方に流れてくると、玄武の言っている事が何となくスマルはわかるような気がした。

 大地の声を感じ取る、スマルはそういうつもりで掌に意識を集中した。
 玄武に手伝ってもらうことで、その感覚がよりはっきりとスマルにも感じ取れる。
 それに気付いた玄武が、ゆっくりとスマルから手を離した。

「どうだ? 俺が言っていることがわかったか?」
「わかります。わかるけど、ん〜、どうしたもんかな…」

 そう言ってスマルは、少し離れて立つ白虎の足下を見つめる。

 ――これで、白虎を地面ごとユウヒのところへ…。

 頭でそう考えると、聞こえていたはずの「大地の声」が遠のいていく。
 スマルは自分の手の甲をじぃっと見つめ、その掌に意識を集中していった。

「頭で考えたらだめですよ、スマル。考えなくても自分にはその力がある。それに気付いて…」

 青龍が小さく声をかける。
 スマルは頷いて、さらに意識を掌に集中した。
 体勢はそのままで白虎の足下をじっと見つめる。
 どんどん集中が高まっていき、スマルは眩暈にも似た感覚を覚えた。
 自分の足下すらも揺れているような錯覚を覚えて、スマルは慌てて意識をまた掌に集中する。
 スマルの周りに小さな風が起こり、封印解放の時のように足下の砂利がちりちりと踊りだした。
 玄武と青龍がそれに気付いて、緊張した面持ちでスマルを見守る。
 スマルがゆっくりと息を吐いたその時、スマルの中で少し前に聞いたあの声が響いた。

 ――どうした? だらしがない…なんだこれくらい、造作もない…。

「ぇ…黄…っ?」

 驚いてスマルが気を散じかけた時、スマルが手をついた少し先の地面から白虎の立つ位置の少し向こう側の地面までが、まるで大地から剥ぎ取ったようにズズーッと音を立てて動いた。

「うわわわわわっっ」

 いきなり足下が揺れ動いて、白虎が大きく跳び上がってそれを避ける。
 その先には驚いて目を見開き、スマルの方を見つめているユウヒの姿があった。

「危ねぇなぁ、スマルーッ!」

 白虎が憤慨して大きな声で文句を言っているが、当にスマルは納得の行かない様子で地すべりを起こした部分をじっと見つめていた。