木々の合い間を渡る風は少し肌に冷たく、その小枝をしきりに揺らしては晴れ渡る青い空へと飲み込まれていく。
――この守護の森に、声なんてあるのだろうか?
ふと疑問が湧きそうになったスマルの中に、封印が解放された直後、黄龍の声を聞いた、あの時の感覚がまた蘇ってきた。
何も疑う事なく黄龍の存在を受け入れた、あの時の感じで、スマルはゆっくりと目を閉じる。
そのスマルの手を両側から白虎と朱雀が取り、四神達も互いに手を取り合って目を瞑る。
五人の呼吸が一つになったその時、スマルは自分の座っている地面がなくなったような、奇妙な感覚を覚えた。
知るはずもなかった世界、想像すらしなかった「何か」を目の前にしている恐怖と緊張。
汗ばんでくるスマルの手を、白虎を朱雀がしっかりと握り返す。
その手をすべてのよりどころにして徐々に緊張を解いていくと、スマルの耳に小さなざわめきが聞こえてきた。
暗闇の中に光る小さな点のようなその微かなざわめきに、スマルは意識を集中する。
やがてその光は少しずつ明るさを増し、そして一気にその世界を照らし出す。
足下に土の感覚が戻り、頭上には青い空が広がる。
風は頬を撫でて通りすぎ、木々を伝い、枝葉を揺らす音が聞こえた。
自分を取り巻く世界が一気に戻ってきた時、スマルは驚きでぱっと目を見開いた。
呆然とする自分を見つめる四神の視線に、応えるようにスマルは頷く。
「どうですか?」
握った手をそっと離して、朱雀がスマルに声をかけると、スマルは戸惑いながらも興奮した様子で返事をした。
「なんか…すごいっす…」
そう言ってスマルは辺りを見渡した。
今まで見ていたものと同じだけれど違う世界に、感動すらしている自分に気が付いた。
「いや、これは…本当に……」
興奮で、スマルはその吐く息すらも震えている。
「これがユウヒの…蒼月の見ている世界ですよ、スマル」
そう言われて、ユウヒの方に目をやると、心配そうに自分の方を向いている。
「蒼月の…」
スマルは今さらのようにユウヒの背負ったものの大きさを思い知った。
「これは…この森に住んでいる妖とかの声なんですか?」
視線を四神に戻しながらスマルが訊ねると、朱雀がまた口を開いた。
「住んでいるというか、ここにあるすべてのもの達の思い、という感じでしょうか」
「ここにある、ものか…」
「はい」
スマルはまたその声達に耳を澄ます。
語りかけるような、囁きかけるようなその声達は、遠慮がちに近付いては離れ、距離を置いてはまた近付いてくるようだった。
その事を素直に口にすると、それは土使いの存在に気付いて歓迎しつつも、その反面畏れる気持ちも抱いているせいだと、朱雀は笑いながらスマルに教えた。
感心したようにスマルは頷いて、また周りを見渡した。
「俺らは、知らない事の方が多いんだろうな…」
ぼそっとつぶやくと、スマルは四神達に軽く頭を下げた。
「どうした?」
白虎が不思議そうに訊ねると、スマルは照れくさそうに言った。
「いや、ただ何となく」
「なんだそりゃ」
そう言って白虎は笑った。
スマルは改めて畏敬の念を四神達に感じた。
だが、それを伝えるには四神達の存在が以前よりもあまりに身近にありすぎた。
ただどうしても何かしたいような気がして、スマルは小さく頭を下げたのだった。
「さて、スマル。どうする? 自分の力を試してみるか?」
玄武がおもむろに切り出す。
四神達の視線がスマルに集まり、その中でスマルは力強く頷いた。
「よっしゃー、そう来なくっちゃ!」
白虎が嬉しそうに飛び上がるように立ち上がり、それに続くように皆が立ち上がった。