「スマル?」
白虎が心配そうに歩み寄ったが、スマルの目からはあとからあとから涙が溢れてきた。
「どうしました?」
スマルの肩に手を置いて青龍が声をかけたが、スマルはただ首を横に振るだけ、涙は止め処なく流れ続けている。
困ったように四人が顔を見合わせていると、ユウヒが何ごとかと近寄ってきた。
「どうした…の…っ、スマル?」
何が起こったのかとユウヒは四人を見たが、答えは何も返ってはこなかった。
「スマル?」
ユウヒが再度声をかけると、スマルはゆっくりと首を振って答えた。
「…何でもねぇ。けど、わかんねぇけど…止まらねぇ…」
「スマル…」
「…俺じゃねぇんだわ、これ。これはたぶん…」
俯いたスマルの目から、零れる涙が地面に小さな染みを作る。
スマルは頬を伝う涙を拭おうともせず、ただ流れるにまかせていた。
「黄…ですか?」
青龍がおそるおそる訊いたが、スマルは首を横に振ってそれを否定した。
「じゃぁ、ヒリュウ殿か?」
今度は玄武が訊ねたが、スマルはまた首を振った。
「すんません。わ、わかんねぇんです…」
心配そうに周りから見守られながら、スマル自身が一番戸惑っていた。
封印を解く一連の出来事が怖かったわけではない。
全てが終わって感極まったというわけでもない。
ただ黄龍の声を聞いたその瞬間、どうする事もできないほどに胸が締め付けられた。
堰を切って溢れ出したこの切ない感情は、スマル自身のものではない。
どこか冷めた感覚で、泣き続ける自分を見つめている自分がスマルの中にいる。
この涙はいったい誰のものなのか、戸惑いながらもスマルは涙を止められなかった。
ユウヒはそんなスマルを心配そうにもう一度見やってから、視線を周りの四神に戻した。
「で、力の解放っていうのは、成功したの?」
ユウヒが訊くと、朱雀が静かに頷いた。
「はい。スマルは黄龍の声を聞いたそうですし…」
「そっか。こんなのいっつもやってたの?」
ユウヒが素朴な疑問を突きつけると、スマルから目を離せないでいる玄武の隣で、白虎が首を振り、青龍が口を開いた。
「昔はこんな事はしなくても…土使いであると自覚した時点で自分に眠っている力の存在を知ることができましたから。ただ最後の土使いであったヒリュウ殿以降、むやみにその力を使われても困るからって、封印されるようになったんでしょうね」
まるで他人事のようにそういう青龍の言葉で、それが四神達の言うところの大いなる意志の力なのだろうとユウヒは思った。
「じゃ、こういうのって初めてなんだ?」
ユウヒが訊くと、少し考えてから青龍が答える。
「そうでもないですけど…久しぶりではありますね。土を司る者が、自分がそれなのだと理解した上で存在する事自体、ヒリュウ殿以来ですからね」
「あぁ、そっか…ヒリュウの時、解放は?」
青龍の言葉を聞いて、ふとした疑問をユウヒが口にした。
首を振って否定した青龍が引き続き口を開いた。
「ありません。あの頃はまだ土使いという者が普通に存在していましたしね。自分が土使いだと認識した時点で、自分にはそういう力があると思うことの方が自然でしたから」
「そうなんだ…」
ユウヒはそう答えて、泣き止んだ気配のスマルの方を見て言った。
「大丈夫?」
ユウヒに声をかけられて、スマルは軽く手をあげてそれに応える。
安心したように笑みを浮かべたユウヒは、四神達に訊ねた。
「スマルは、その…もう自分の力っていうのかな、どうなの?」
四人は顔を見合わせて、やっと顔を上げた玄武が口を開いた。
「問題ないと思います。彼は…黄龍から告げられた言葉を、受け取っていましたから」
「どういうこと?」
ユウヒが訝しげに眉を顰めると、玄武が苦笑して言った。
「さっき、黄龍が何を言ったのか、スマルが我々に教えてくれました。黄龍の話した言葉は失われた古の言葉でしたが、スマルにはそれが理解できていたんです」
「そういうのを感じることができたんだったら、おそらくこれから先、力を使えるようになるのも早いと思われますよ」
朱雀がそう付け加えてユウヒに微笑みかけた。
「そっか…なら良かった」
ユウヒは安堵の表情を浮かべて視線をまたスマルにうつした。
すでに泣き止んでいたスマルは、握った手を口許に持ってきて、腕を組み、何かをしきりに考えている様子だったが、自分に向けられた視線に気が付き、スマルは何とも間の抜けた顔をユウヒ達に向けてきた。
「…ぃやぁ、何か…びっくりしたなぁ……」
心配そう見つめる面々に向かってそういうと、スマルは大きな溜息を一つついた。
「びっくりしたのはこっちだぞ、スマル!」
白虎が笑いをこらえてそう声をかけると、スマルはばつが悪そうに耳の後ろをぽりぽりと掻きながら頭を軽く下げ、顔をゆがめた。
「ですよね…なんかいきなりいろんなもんがこう一気に…はぁ、何だったんだ、ありゃ」
「何? どういうこと?」
ユウヒが不思議そうに聞くと、スマルはまたしばらく考え込んで、おもむろに口を開いた。
「黄龍が言った言葉を皆に伝えた途端に、なんてぇのかな、勝手に涙が出てきたっていうか…俺は別に何でもないんだけど、勝手にいっぱいいっぱいになってきて、おいおいおい、俺泣いてるぞ? みたいになっちゃって…」
「ふぅ〜ん…」
二人のやりとりを黙って見守る四神の視線を感じながら、ユウヒはふと思い付いて言った。
「ヒリュウ、とか?」
スマルがきょとんとしてユウヒを見つめる。
「何が?」
「いや、だからさ。ヒリュウの涙かなぁ、なんて思ったんだけど…」
期待に満ちた表情で返事を待つユウヒだったが、スマルはそれを一蹴した。
「なんで俺が? ヒリュウの魂とやらはお前の中にいるんだろ? 顔が似てるだけの俺がなんでそんな…同じ土使いだからって、そりゃねぇだろ」
「違うかぁ。何となくそうかなって思ったんだけど…あれ? ヒリュウの話、知ってるっけ?」
ユウヒが訊くと、朱雀が横から口を挿んだ。
「昨夜、ユウヒがお休みになられてから私達が話しました。あの…何か問題でも?」
心配そうにユウヒの顔をのぞき込む朱雀に、ユウヒは笑みを浮かべて答えた。
「ううん、問題なんて何もないよ。それよりクロは…大丈夫だった?」
ヒリュウの話になるといつも過剰に反応する玄武をユウヒが気遣う。
「あの、大丈夫です…」
玄武が気恥ずかしそうに頷いて言った。
「そっか」
ユウヒは安心したように微笑み、スマルの方にまた顔を向けた。