―北方に玄武。
――南方に朱雀。
―――東方に青龍。
――――西方に白虎。
この国を守護する神達が上空から全てを見守っている。
ユウヒは目の前に繰り広げられている光景に言葉を失い、ただただその一部始終を目を逸らさずに見つめることしかできなくなっていた。
詠唱はまだ続いている。
四人の声が再び重なり合って響き始めると、それぞれがスマルの方に翳している手に先ほど聖獣へと姿を変えたものを同じ光が宿り始めた。
それと同時に四人の顔や腕などにユウヒの肩から肘の方に伸びるあの火炎の模様と同じような模様が表れ始める。
よく見るとそれぞれ異なる絵柄が浮き出ているようだが、まるでその模様自体が生きているかのように、四人の腕や身体にからみついていく。
掌まで来たその模様は指先で行き場を失い、手に宿った光の中にのみ込まれていく。
スマルの周りでもまた変化が起きていた。
辺りの砂などを巻き上げながら渦を巻くように上昇していた気流は、四神達のものと同じように柱を形作っていた。
その根元で、スマルは光に包まれたようになっている。
戸惑ったような表情でその中に座っているスマルと、ユウヒは目があったような気がした。
その時、ずっと続いていた呪文詠唱の声がぴたりと止まった。
「解っ!」
四人の大きなかけ声と共に、翳した手から伸びた光が中央のスマル目掛けて飛んだ。
――スマルッ!?
ユウヒが息を呑むのと同じくして、スマルを取り囲んだ柱の上に陽炎が立った。
スマルとユウヒが思わず見上げる。
はっきりとは見えないが、その陽炎のようなものは柱にからみつくようにずるずると蠢き、強烈な気を辺りに散じている。
――あれが…黄龍……。
ユウヒがそう思った瞬間、その陽炎は一点に集まり始め、やがて一つの明るい光となった。
スマルの頭上まですぅっと下りてくると、まるで吸い込まれてしまったかのようにその姿を消してしまい、同時に上空で見守るようにしていた聖獣達もまた光に戻り、四本の柱と共にふっと一瞬にして消えてしまった。
それはまるで、すべてが夢か何かだったのかと思うほどに、唐突であっけない終焉だった。
――…あれ? おしまい?
ユウヒが声を出していいものかどうか迷いながら、呆然とスマルの方を眺めていると、スマルはそれとは対照的にひどく緊張した様子で足下の地面を見つめていた。
まだ身体に浮き出た模様が消えないままでいる四神達が、それぞれ立ち上がってスマルの方へと歩み寄っていく。
スマルも立ち上がってそれを迎えると、白虎がスマルに声をかけた。
「どうよ、スマル?」
たいしたことないだろうと言って、歯を見せて笑うと白虎に、スマルが戸惑いがちに返事をする。
「ん〜、腹があったかいな。確かに…」
「だろ?」
そう言ってまた白虎が笑う。
スマルは顔を上げて、迷いを吹っ切るように四人に訊ねた。
「さっきのあれは…黄龍、ですよね?」
青龍が黙って頷き、玄武が口を開く。
「そうです。我々も久しぶりにその姿を見ましたよ」
「そうですか…あの、何か言っていたようなんだけど…」
スマルが戸惑いながら言うと、朱雀が笑みを浮かべてそれに答える。
「黄龍はなんと?」
問われたスマルは恥ずかしそうに目を逸らして答える。
「それが…何だかよくわからない言葉だったんで…」
「本当にわかりませんか?」
朱雀が切り返し、スマルが驚いたように顔を上げる。
「え? それはどういう…」
「考えんなよ、スマル。お前にはわかるはず…」
白虎が横から口を挿んだ。
「考えるなって…ぁ…」
そう言ってから、スマルは前日の夜のやり取りを思い出す。
――『自分にはそういう力があるのだという事』を知ればいい…。
スマルは俯いて目を閉じた。
黄龍が姿を現したあの時、スマルは確かに黄龍の声を聞いた。
空高く聳え立った柱の上にいるにも関わらず、スマルはその声が自分の内側から響いてきていることに気付いた。
見たことのないはずの黄龍の姿が、瞼の裏に焼き着いているかのようにはっきりと浮かんだ。
黄龍は言った、聞いたこともない古の言葉で。
それでいてどこか懐かしい響きを持った、独特の低い声で…。
「ついに…来たか…」
スマルの口から言葉がこぼれだした。
「随分かかったじゃないか…ヒリュウ……」
玄武が驚いて目を見開く。
そしてスマルもハッとしたように顔を上げて、四人の顔を見回した。
「そう言ってた、と…思います。たぶん…」
そう四人に告げたスマルの目から、涙が溢れ、頬を伝った。