封印解放


 突然、重なり合った旋律が細い響きに変わり、詠唱の声がとても小さくなった。
 その中でいてただ一人、玄武の呪文詠唱の声だけは他の三人と比べてはっきりと響いている。

 何ごとかとユウヒが見つめていると、突然玄武の周りに薄い靄のようなものが生じ始め、やがてそれははっきりとした黒い霧となって玄武の事を包み込んだ。

 ――あ、祭の時の…あの紫に少し似てるかも…。

 ユウヒがそんな事を思いながら玄武を見つめていると、黒い霧はどんどん天に向かって伸びて黒い霧の帯のようになった。
 そしてついには完全に黒い霧の柱を形造り、それが霧の柱なのだとほぼはっきりと認識できるようになったあたりで玄武の身体から何か光のような物がすぅっと抜け出した。
 それはまるで柱に絡みつくかのように、くるくると柱の中を畝って不規則な螺旋を描きながら上へ上へと上っていく。

 やがて柱の頂点まで来ると、その光は形を変え聖獣玄武を形どった。
 姿を表した玄武は、どうやら実体ではないらしくその姿は少し透き通っていて、ユウヒには空の青が光の玄武を透して少しだけ見えているような気がした。

 ふと視線を落として玄武を見ると、目を開き腕を前方に、つまりスマルのいる結界の中央の方に向かって手を伸ばしていた。

 スマルの方へかざす様に開かれた掌は、指を伸ばしてそろえたまま、両手の親指と人差し指を使って菱形を形作っている。
 おそらくその菱形の中にスマルを捕らえているのだろうが、それが何を意味するのか、見ているユウヒには全くわからなかった。

 その時、玄武の声が小さくなり、その真向かい、南を背にして座る朱雀の声が大きくなった。
 それと当時に朱雀の周りにも、先ほど玄武に起こったのと同じように薄い靄のようなものが生じ始める。
 やはり玄武の時と同じように、その薄靄は柱のようなものを形作っていくが、明らかに違うのはその色だった。

 朱雀を包み込むのは揺らぐ紅い陽炎。

 天に向かって伸びていくそれは、気が付くと燃え盛る紅蓮の炎でできた柱のようになっていた。

 ユウヒは思わず息をのみ、その光景に釘付けになったが、朱雀は本当に炎の中に身を置いているわけではなさそうだった。
 玄武が霧のようなものに包まれたのと同様、朱雀も炎のようなものに包まれているのだ。

 これが神と言われる者達の力なのだと、ユウヒは身体が震えた。

 総毛立つようなざわめきを抑えるかのように、自分自身をしっかりと抱きしめるようにして、それでもユウヒの視線は目の前の光景に釘付けになっていた。

 甲高い朱雀の鳴き声があたりに響くと、それと同時に朱雀からも光るものが飛び出して柱の中をうねりながら上へ上へと上っていく。
 紅い柱の一番上まで到達すると、その光はやはり形を変え、光り輝く聖獣朱雀が姿を現した。

 その神々しいまでの姿を見せ付けるように翼を広げて、さきほどよりも大きな声で鳴き、そしてその首は東方に座る青龍の方へと向けられた。

 青龍の呪文を詠唱する声がまたひときわ大きくなり、そこに他の三人の詠唱の声が絡みつくように折り重なっていく。

 そしてその声に誘発されたのか、スマルの周りでも少しずつ変化が起こり始める。
 煙っているように見えたのはやはり気のせいではなく、そこには小さな気流が生じていた。
 スマルを中心に、その気流は静かに渦を巻き始め、やがてゆっくり、ゆっくりと上昇を始める。
 小さな砂利などを巻き込みながら、それはスマルを囲む薄い空気の壁のようになっていった。

 心配そうにそれを見つめていたユウヒは、耳につく青龍の声に、ふと視線を移す。

 青龍の詠唱はまだ続いていた。

 玄武や朱雀の時同様、青龍の周りを何かが包み込んでいくのだが、それは霧や火の粉といったものとはまた違っていた。
 そう、何かに包み込まれているというよりは、青龍を中心につむじ風が起こり始め、空気の渦ができているのだ。

 青龍からも何か光のようなものが飛び出し、それと同時につむじ風の渦に木の蔓のようなものがどっと生じ、風に飛ばされた緑鮮やかな葉が巻き上げられて宙を舞っている。
 樹木にからみつきながら伸びる蔓であるかのように、それは豊かに生い茂りながら上へ、上へとその手を伸ばしていく。
 やがては太古の昔からそこにあった巨木のような貫禄のある姿を見せつけ、その頂上付近には柱に絡みつくように聖獣青龍が姿を現した。

 空の青を映した巨木は、音をたててうねる風に緑の葉を撒き散らしながら空に向かって聳え立つ柱と化したのだ。

 青龍の声がまた一段と高くなった。
 うねる風の音と合わせて不思議な調べとなって辺りに広がり響き渡る。
 そして最後に青龍もまたその手を前にぐいっと突き出し、掌をスマルのいる中央にかざすと、その両の手の親指と人差し指で形作った菱形の中にスマルの姿をしっかりと捉えた。

 徐々に小さくなる青龍の声と入れ替わるように、白虎の呪文詠唱の声が大きく響き始めた。

 良く通る白虎の声に、見ているユウヒは滑稽なほどに身を震わせる。
 朗々と詠われる白虎の呪文に、他の三人の詠唱する呪文がからみつくように乗り、大きく、小さく響き渡った。

 その白銀の髪が逆立った瞬間、白虎が早々とその両手を中央にかざす。
 小さく掛け声のようなものが聞こえたその時、ずんっという地響きとともに白虎の髪によく似た色の大きな柱が姿を現した。
 その表面はよく手入れされた剣のように冷たい輝きを辺りに放ち、その中を光がすぅっと上に上っていく。

 柱の頂まで上がったそれは、一際明るい光を放って聖獣白虎へと形を変え、白銀の毛並は風に波打ち、力強く踏ん張ったかと思うと天高くその存在を知らしめるかのように大きく吠えた。